2016.4.28-29行動【報告】安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う4.28-29 連続行動報告

今年の四・二八〜二九連続行動は「安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う」というテーマで設定された。この間、反天皇制を課題とする実行委の行動は、一九五二年四月二八日のサンフランシスコ講和条約と日米安保条約の発効に始まる、沖縄に対する米軍支配の問題を、昭和天皇裕仁の戦争・戦後責任の問題と重ねて提起、二〇一〇年からは「反安保実行委員会」との共闘による連続行動として取り組まれている。今回の闘争は、とりわけ、昨年九月に強行され、今年三月末に「発効」させられたばかりの安倍戦争法下においてのものとして、重要な意味を持つものでもある。施行された戦争法の「集団的自衛権」により、沖縄は米軍と自衛隊の最前線としての存在を、これまでよりさらに厳しく強いられることになった。

四月二八日は、これまでも「沖縄デー」として数々の闘いが重ねられてきているが、この日、実行委は、文京区民センターにおいて屋内集会を開催した。沖縄から日本基督教団うるま伝道所牧師の西尾市郎さんをお招きして「沖縄『構造的差別』の歴史と現在」と題した講演をしていただいた。

現在、自民党は改憲の突破口として、東日本大震災や現在も続く熊本・大分の大震災を利用し、憲法に「緊急事態」条項を挿入しようとしている。これが実現すると、災害などをきっかけに憲法を停止した独裁がすぐに行使されるだろう。西尾さんは、この「緊急事態」法と辺野古における闘いが一つのものだというところから語り起こされた。
沖縄における反戦・反基地の闘いの基底には、沖縄戦における苛酷な経験が語り継がれ、共有されていることが存在する。「蛆が人間を食う音」「人間が腐っていく強烈な臭い」などのリアルな体験が沖縄戦の記憶としてあり、これらが「平和」を希求する意思をつくっているのだ。人の痛みに共感する人間性こそが、辺野古をはじめとする現在の沖縄における闘いの根本だ。だからこそ、私たちの闘いは分断され対立させられてはならない。こうした体験をもとに、平和をアジアとの連帯の中で実現していくことの重要性が、講演の中で何度も強調された。

引き続き、今回の実行委から天野恵一が発言。いま、昭和天皇の「沖縄メッセージ」による沖縄の米軍への売り渡しの事実や「尖閣」諸島など「領土」問題が、歴史修正主義者たちの主要な論点として浮上しており、なかでもR・D・エルドリッジによる歴史解釈の読み替え(「オキナワ論」新潮新書ほか)については、今後も批判的検討が重要になることが、集会資料の解説とともに報告された。

引き続き、会場発言として、一坪反戦地主会関東ブロックの大仲さん、辺野古への基地建設を許さない実行委員会の中村さん、ストップ辺野古埋め立てキャンペーンの芦沢さんから問題提起。さらに、明治公園野宿者への攻撃への反撃を訴えるアピールが反五輪の会よりなされて、集会は締めくくられた。この日はいろいろな行動と重なることもあってか、参加者は七五名だった。

明けた四月二九日には、新宿柏木公園からデモ行動が行われた。出発前の公園において、まず実行委の国富建治から、前日の集会を要約する報告とともに「この『昭和の日』は、天皇制の延命のために敗戦を遅らせ、悲惨な沖縄戦を招いたばかりか、戦後における『構造的沖縄差別』の成立に対しても大きな役割を果たした昭和天皇を賛美する日だ」と提起、さらに前日に引き続いて西尾さんからも発言を受けた。参加者からは、「自由と生存のメーデー」実行委、「伊勢志摩サミットに反対する実行委」による新宿デモの提起、G7茨城・つくばサミット反対を取り組む戦時下の現在を考える講座、「三多摩メーデー」への参加を呼びかける同実行委からのアピールがなされ、デモに出発した。

今回のデモに臨んでは、二月一一日のような不当な規制がなされないように強く申し入れをしていたこともあってか、警察による弾圧は、これまでのなかでは比較的小さいものだった。もちろん、右翼はつきまとい、妨害・暴行をねらう挑発を繰り返したが、私たちは毅然として行動を貫徹することができた。解散地の柏木公園においては、明治公園弾圧の救援会からのアピールを受け、この日の成果が確認されて行動を終えた。参加者は約九〇名だった。

(のむらとも)

2016.4.28-29行動【宣言】安倍政権下の日米安保体制と天皇制 4・28-29連続行動集会宣言  

一九五二年四月二八日の、サンフランシスコ講和条約と日米安保条約の発効によって日本国家は、冷戦体制におけるアメリカの軍事的・政治的ヘゲモニーのもとに、自国の「国益」追求をはかる「戦後」のスタートを切った。それは、日米同盟関係を基軸とし、アジア・太平洋の植民地・被侵略国民衆に対してとるべき戦争・戦後責任を回避し、アメリカの世界戦略・戦争政策に加担する道であった。それはまた、戦後沖縄を「本土」から切り離し、沖縄戦以後続いていた米軍による沖縄への軍事支配を承認することと一体のものであった。まさしくそれは、「対米従属的日米関係の矛盾を沖縄にしわ寄せすることによって、日米関係(日米同盟)を安定させる仕組み」としてある「構造的沖縄差別」(新崎盛暉)であり、さらに「琉球処分」以降の近代天皇制国家による沖縄に対する、植民地主義的支配の戦後的再編であり、継続であったということを、われわれは忘れてはならない。

「本土」から分離された沖縄は、「銃剣とブルドーザー」によって、米軍が自由に使用できる基地の島とされた。「復帰」という名の日本への沖縄再統合に至る過程で、「本土」の基地も沖縄に集中され、そのもとで日本は、朝鮮戦争やベトナム戦争、そして現在アメリカが推し進めている「対テロ戦争」までの戦争支援・協力を続けることになった。そしていま、戦争法制の施行=「集団的自衛権」解禁によって、沖縄の中国・朝鮮を始めとするアジアに対する前線基地としての役割が、ますます強められようとしている。政府は「中国脅威論」を煽りながら、「南西諸島」への自衛隊配備計画を進め、この三月には与那国島に陸上自衛隊が配備された。今後も奄美や宮古、石垣などにそれぞれ五〇〇〜八〇〇人規模の警備部隊とミサイル部隊を配備する計画である。沖縄の島々を、再び日本軍の要塞にしてはならない。

こうした状況に対して、沖縄の人びとは粘り強い抗議の声をあげ続けてきた。普天間基地の閉鎖、オスプレイ撤去、新たな基地を作らせないという長期にわたる沖縄の島ぐるみの闘いは、「辺野古が唯一の解決策」と言い続ける安倍政権の強硬姿勢を、「和解」工作に転じさせるほどの力を持って持続されている。二〇一三年には、四月二八日を「占領からの脱却=国際社会への復帰の日」として天皇出席の国家式典で祝った安倍政権に対して、この日は沖縄にとっては「屈辱の日」であるという強い批判の声も上げられた。沖縄戦や米軍占領を含む、沖縄と日本をめぐる歴史総体に埋め込まれた体験にもとづく、沖縄の人びとの怒りの噴出があるのだ。

明日四月二九日は、天皇制の延命のために敗戦を遅らせ、その結果悲惨な沖縄戦を招いたばかりか、戦後における「構造的沖縄差別」の成立に対しても大きな役割を果たした昭和天皇を賛美する、「昭和の日」である。

昭和天皇は、沖縄への米軍の長期の駐留を「希望」した「天皇メッセージ」を発し、また当時の吉田政権の頭越しに、日米安保締結を推進した。昭和天皇を含む戦後日本の支配層は、アメリカ・ヘゲモニーの下でつくられた戦後体制に大きな責任を負っている。そして戦後再編された象徴天皇制という国家制度は、この戦後体制の重要な構成要素を成すものとして、明仁天皇への代替わりを経て、今なおその独自の役割を果たし続けているのである。

こうした「戦後」総体のあり方に対して、そしてそれを、日米同盟のもとで戦争する国家の具体化の方向で再編強化されつつあるこの政治状況に対して、「ヤマト」の地において安保体制の強化と沖縄の前線基地化を許さない運動を作りだすことが、われわれに対しても要求され続けているのだ。われわれは、戦争法制による集団的自衛権の拡大という状況において進む、安倍政権による社会の全面的な軍事化、「緊急事態条項」などを前面に押し出しての改憲攻撃との対決を掲げて、さまざまな運動と連帯していくなかで、本日の集会と明日の集会・デモに取り組み、この課題を持続的に追求していくことをここに宣言する。

二〇一六年四月二八日
安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う 4・28-4・29連続行動

 

2016.4.28-29行動【集会案内】安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う4.28-29 連続行動

❖ 4/28 沖縄デー集会

沖縄「構造的差別」の歴史と現在

講師 西尾市郎さん(日本基督教団うるま伝道所牧師)
[日 時]4 月28 日(木) 18:00 開場/ 18:30 開始
[会 場]文京区民センター 2A(地下鉄春日駅・後楽園駅すぐ)

❖ 4/29 反「昭和の日」デモ

[日 時]4 月29 日(金・休) 13:00 集合/ 14:00 デモ出発
[集合場所]柏木公園 (西新宿)

■戦後日本国家の基底となった「象徴天皇制」と「日米安保体制」。それは、それまでの日 本国家による植民地支配・侵略戦争の責任をあいまいにするための体制でもあった。敗戦から70 年を超えた現在も、その果たされない責任=「負の遺産」は、安倍・自民党政権がどのようにあがこうが、また天皇が「慰霊の旅」を繰り返そうが、厳然として存在する。

■沖縄は、近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史を、戦前は日本政府そして戦後は日米両政府によって負わされてきている。

■沖縄切り捨ての日を3 年前に、安倍は「主権回復の日」として天皇出席の下で、天皇万歳の声で祝った。他方で、反対住民を暴力的に排除しながら辺野古新基地建設を強行しつつ。

■「本土」に生きる者として、4.28 と4.29 は、改めて歴史的な視野をもって沖縄と天皇制に向き合うべき日だと考える。ぜび集会に参加を!

主催 ● 安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う4.28-29 連続行動実行委員会

【呼びかけ団体】 アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズプラン研究所/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

2016.4.28-29行動【よびかけ】安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う4・28-29連続行動への参加・賛同を

昨年九月に「戦争」法を強引に成立させ、安倍政権は戦争遂行国家の完成に向けてひた走っている。それは法整備に続き、自衛隊の強化(五兆円という軍拡予算を見よ!)と武力行使を伴う海外派兵の拡大へと向かっている。それはもちろん、米軍と一体となっての、世界中での軍事力行使への道である。そしてその負担は、沖縄にのしかかる。

来年度の防衛予算では、南西諸島など島嶼防衛の強化を謳い、垂直離着陸輸送機V22オスプレイ四機(四四七億円、一機約一〇〇億円、ちなみに米軍は約半額の一機五〇億から六〇億円で購入しているという)や水陸両用車「AAV7」一一両(七八億円)の導入費、鹿児島・奄美大島と沖縄・宮古島への部隊配備費(一九五億円)が計上された。与那国島には、航空機や艦艇の動向を探り、中国軍の通信を傍受する沿岸監視隊の駐屯地建設が進められており、宮古島には、地対空・地対艦ミサイル部隊、警備中隊など七〇〇人の陸自部隊を配備する計画が進行中である。昨年一一月には、陸上自衛隊による、南西防衛を目的にした初めての実動演習も九州・沖縄で行われた。

そして辺野古。国と沖縄県との「和解」で一時「休戦」の模様だが、安倍政権は、「(普天間移設は)辺野古基地建設が唯一の解決策」との姿勢をまったく崩さず、沖縄県議会選挙(六月)や参議院選挙(七月)後には、またあらゆる強引な手法によって米軍海兵隊の新基地建設を強行してくるだろう。

アイヌモシリ統合と並んで近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史は、そのまま日本による沖縄支配の歴史であり、その一貫した持続であった。そして、北海道・沖縄に始まる植民地主義の拡大は、東アジアへと拡大し、アジア・太平洋戦争へと至る、植民地支配と侵略戦争に行きつき、アジア・太平洋と日本の民衆に大量の被害と死者を生み出すこととなった。

米国の世界戦略の中で、こうした日本の植民地支配・侵略戦争の責任は曖昧にされ、その補償は不十分な形に切り縮められ、戦後国際社会に復帰することになる(サンフランシスコ講和条約)。同時に成立した日米安保条約(旧条約)は、天皇ヒロヒトが、自己保身と天皇制維持のために、沖縄を米国に「売り渡す」(天皇メッセージ)など積極的に推進した結果、生まれたものである。

戦前・戦中にくわえて、戦後における天皇が沖縄に対して負う重大な責任は、アキヒト天皇が、沖縄への思いをことあるごとに口にし、「慰霊」を繰り返したとしても相殺されるものではまったくない。むしろそれは、日本国家(天皇制)の沖縄差別支配の歴史と現在を隠蔽し、日米の前線基地におかれる沖縄において噴出する人びとの怒りをなだめ再び「日本(ヤマト)」に包摂する政治的機能を果たそうとするものにほかならない。

戦後日本の象徴天皇制国家は、「構造的沖縄差別」によってこそ「日米安保体制」を維持し続けてきたのである。

「誤った戦前・戦中の日本のあり方」を総括して精算して再スタートするべきであった戦後の出発点(4・28)は、「誤った戦後国家」のスタートとなってしました。

4・28(沖縄デー:誤った戦後のスタートから六四年目)と4・29(「昭和の日」:六九年前に沖縄を「売り渡した」天皇ヒロヒトの誕生日)の歴史を問う、反戦・反天皇制の連続行動を今年も作りだしていきたい。多くの人びとの参加と協力を!

安倍政権下の日米安保体制と天皇制を問う4・28-4・29連続行動

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

 

2016.2.11行動【報告】安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動報告

今年も二月一一日反「紀元節」行動の日を迎えた。今年の名称は「安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反『紀元節』行動」とした。会場は、「反『紀元節』行動」では初めての神宮前穏田区民会館(原宿)である。当日は、原宿駅を明治神宮側に降りて、集会場に行く時、「日本の建国を祝う会」主催の「建国記念の日奉祝パレード」に遭遇した。パレードは日の丸を掲げ、いつも私たちのデモの反対側にいて、日本会議や神社本庁など天皇元首化などの改憲運動をすすめる人たちであり、改めて集会開催地がそういう場所であることを実感した。

集会場は、例年右翼の街宣車が怒鳴り立てているが、今年はそういう場所だからか、警察の規制のためか静かで、集会開始前にハンドマイクを持つ七〜八人が来たのと、終わり近くに離れた位置で街宣があっただけであった。参加者は会場いっぱいの約一〇〇人で熱気あふれる集会となった。

講師は「戦争国家と天皇の『慰霊』─『戦没者』における受難と貢献」を須永守さん(近現代史研究)が行った。講演は、「8・15」反靖国行動に繋がるようなテーマであり、重要な提起であった。残念だったのは都合で質疑ができなかったことである。

講演後はさまざまな取り組みを行う各団体─「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、福島原発事故緊急会議、2016 3・1集会実行委員会、STOP辺野古埋め立てキャンペーン、有事立法・治安弾圧を許すな!北部集会実行委員会、3・11行動実行委員会から連帯のアピールを受け、今年も反天皇制の声をあげつづけようと確認してデモに出発した。

警察は、会場を出たところから「横断幕を巻け!小さくしろ」と横柄な態度で規制を始めた。今回の警察は、これまでと全く違い、「市民警察」の装いをかなぐり捨てて、デモ参加者に暴言を吐き、指示・命令を繰り返し、突き飛ばすなどの暴力をふるい治安警察の本性をあらわにした。とにかくデモの宣伝カーと隊列を分断し、車には連絡係のみならず弁護士を含めだれも近づけなかった。車は、少しでもスピードを落とすと機動隊によって車の窓をバンバン叩かれ、指揮者から警告も出された。例年は右翼が車を叩き、妨害するのだが今年は街宣車など右翼の攻撃はほとんどなく、警察の暴力性だけが突出した。例年は最後尾の参加者を「圧縮」といって押していたが、今回は前から、後から、横からも押され、突き飛ばされるなど暴力をふるわれ、その上、「お前ら」「こいつらをさっさと歩かせろ」などの暴言も終始吐かれた。弁護士を取り囲んで動けなくしたり、「デモ申通り行け」「許可条件を守れ」「デモを許可したのはおれたちだ」など警察は言いたい放題であった。まさしく安倍政権の戦時下での「基本的人権」「表現の自由」は警察の統制下にあることを示しており、まるで警察によるデモ隊を完全にコントロールする訓練のようだった。そのような警察の暴力、暴言を跳ね除け、「建国記念の日反対」「天皇制いらない」の声をあげつづけ、渋谷までデモを貫徹した。

実行委員会は、今回のような警察のデモへの規制に抗議をすることを決めている。4・28-29行動も厳しい攻撃が予想されるが、安倍政権が戦争・改憲に突き進もうとする今こそ反天皇制の声を大きくしていかなければならない。大きな声で反戦、反天皇制を訴えよう。

(野村洋子)

2016.2.11行動【抗議文】2.11当日のデモ警備に対する苦情申し出書

*2.11反「紀元節」行動は、2.11当日のデモ警備に対して、以下の抗議文(苦情申し出)を東京都公安委員会に提出しました。

 

 

苦情申出書

2016年3月20日
東京都公安委員会御中

苦情申出人ら「2.11反『紀元節』行動実行委員会」が、2016年2月11日に実施したデモ行動に対して、警視庁警備部、警視庁公安部、および警視庁渋谷警察署、原宿警察署に所属する警察官によって、不当な妨害を受けたので、これについて、警察法第79条に基づき苦情申出を行う。

1、苦情申出人の氏名

2.11反『紀元節』行動実行委員会
実行委員 事務局員 ○○○○
住所
電話

2、苦情申出の原因たる職務執行の日時、場所とその概要について

年月日:2016年2月11日
時間: 同日16時20分〜17時00分ころ

苦情申出人らは、2016年2月3日に警視庁原宿警察署に赴き、東京都公安委員会に対して集団示威運動許可申請を提出し、同2月10日付東京都公安委員会指令第9054号にある通り、正式な許可を得て同2月11日にデモ行動を実施した。
ところが警視庁は、苦情申出人らの行動が、前記許可書の条件にある「交通秩序維持に関する事項」「危害防止に関する事項」のいずれについてもことさら損なうことは何一つなかったにもかかわらず、不当で暴力的な規制を実施した。

3、苦情申出の原因たる職務執行による申出人らの不利益と、これにかかわる警察職員の職務執行の問題点について

苦情申出人らによる同日の行動においては、デモ行動の前に行なわれた神宮前穏田区民会館における集会に対し、会場周辺に右翼団体が押しかけ、集会の開始直後から30分ほどにわたり、拡声器2台を使って騒音をかきたてる妨害がなされた。また、集会の後半ころからは、これはやや会場から離れた明治通りにおいて、やはり集会を誹謗し妨害する情宣行動がなされている。しかし、デモ行動が開始された段階では、右翼団体の妨害行動はほぼない状態となっていた。
それにもかかわらず、今回のデモ行動に対する警備は、デモ参加者が明治通りに出た後に、極端に厳しいものとなった。警視庁渋谷警察署の警察官、および機動隊員は、まったく平穏に進められようとしているデモ行動の参加者に対して、その行動の間中、ひっきりなしに暴言を吐き、デモ行動の参加者を突き飛ばすなどの暴行を加え続けた。また、デモ行動の先頭にいた宣伝カーに対しても、行動の初めから終わりまで激しく叩き続けてその円滑な進行を妨害した。円滑にデモ行動を進めようとしていたデモ行動の責任者や指揮者、宣伝カーとデモ行動の隊列を連携する役割の連絡員に対しても妨害・排除し、デモ行動の主体的かつ自律的な行動を意図的に混乱させた。さらに、こうした不法な警察官の行動に対して注意し是正しようとした弁護士に対しては、何人もの警察官で取り囲んで威嚇し、デモ行動の隊列から引き離して、行動参加者を守り警察官に法を遵守させる目的でなされた正当な職務を妨害したのである。
こうした警察官たちによるあまりにも明白なデモ行動への妨害に対しても、デモ行動への参加者は、事前の意思確認に基づいていっさい身体的な抵抗をせず、自らの身体を守りながらデモ行動を継続した。むしろ、この日の行動は、こうした警察機動隊員らによる暴行と規制により、その進行を遅らせられたのであった。ところが、デモ行動の歩みがわずかに遅れたと見るや、機動隊員らによるデモ参加者への暴言と、参加者を突き飛ばす暴行は、ますます激しいものとなった。機動隊員らによる左右からのデモ隊列への極端な「圧縮」は、当然にもデモの「条件書」にある「4列縦隊」の行進隊形を、まさに警察官の不当な行動によって損なったのである。警察官の不当な規制によりデモの隊列が伸びたり途切れかけたりすると、警察官による暴言と参加者を突き飛ばす暴行はエスカレートし、それはデモ行動の最後まで変わることはなかった。これにより、デモ行動の目的は損なわれ、障碍者や高齢の参加者の中には、デモ行動中に体調を悪くした者すらいたのである。
以上の通り、警察の規制は、道路交通やデモ行動を円滑に進めるものでは全くなく、行動参加者の自由を侵害するのみであった。

最高裁1975年9月10日の、徳島市公安条例違反とされた件に関する判示では、「『交通秩序を維持すること』を掲げているのは、道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合これに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきこと」としている。今回のデモ行動においては、明らかに「阻害」をもたらしたのは警察官の恣意的で無理かつ不当な警備行動によってなされたものである。これは、明らかに憲法第21条の表現の自由を侵すのみならず、憲法31条の適正手続きの保障にも反するものである。
これらは極めて不当な人権の侵害であり、公務員による職権の濫用であると言わざるを得ない。

苦情申出人らの集団示威行動に対し、警察官らが行った職務執行、権力の行使は、日本国憲法に基づく個人の自由や権利を著しく損なうものであって許されない。
近年では、警察のデモ隊に対する過剰な規制をともなう警備態勢、ひたすら混乱を作り出す公安警察の動きなどが絡まりあって錯綜しながら、憲法に基づく基本的人権の行使が、きわめて異様かつ抑圧的な状態の中に置かれている現実が広がっている。警察が自らこのような混乱を作り暴力的な規制を行なうのは本末転倒である。公務員の役割が、思想・信条の自由、集会や表現の自由を守るためにこそあることに立ち返らせねばならない。

警察は、直ちに正しい事実の調査を行ない、これに基づき、同日の行動の参加者に対する規制や監視の職務執行における誤りを正し、誤った警備行動の中で発生した、参加者への権利の侵害に対する謝罪を行なって、今後、そうした事態が二度と発生しないよう、全職員に対して徹底させるべきである。

以上、苦情を申し出るものである。

2016.2.11行動【声明】デモは権利だ!恩恵ではない:2016年2・11反「紀元節」行動における機動隊の理不尽な規制とデモ妨害に抗議する   

私たち「安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反『紀元節』行動」は、今年も渋谷で反天皇制・戦争国家体制に反対する集会とデモに取り組んだ。

この日は、集会会場近辺で奉祝派のデモもあり、右翼街宣車も押しかけるかとも予想されたが、デモの出発地点から離れたところで、在特会系のグループが街宣し、また集会中に徒歩で数名の右翼が登場したほかは、右翼の妨害は例年よりもひどいものではなかった。

一方、この日の警察・機動隊の不当な規制は、度を越えるものであった。何ら正当な理由も必要性もない規制が、出発前から解散地点まで一貫して加えられ続けた。それはまさに、規制のための規制、規制を自己目的化した規制というべきものであった。

警察の指揮者だけでなく、多数の警察官が絶えず宣伝カーの窓ガラスを執拗にたたき続け、「早く行け」「警告」と急がせた。それは運転妨害になるほどだった。デモ隊と宣伝カーが離されないよう、車の横について歩いていた実行委のメンバーは、警官に囲まれ車から引き離された。その結果、宣伝カーとデモ隊との間にすき間ができると、こんどはそれを理由としてデモの参加者の体を押して、早く進めと繰り返す。この不当なやりかたに抗議した監視弁護士さえ、私服警官に囲まれて歩道に押し上げられてしまった。念のために言っておくが、デモ隊はことさらに遅れていたわけではなく、急がされる理由などなにもなかった。しきりに急かすだけの警察官は、「デモの解散時間を知っているのか」という抗議にたいして答えられず、さらには、間違ってデモの進行方向とは逆に誘導しようとする始末であった。

デモ隊全体に対して、機動隊の並進規制や、後方や真横からの圧縮(押し込め)が間断なくなされた。何人もの参加者が突き飛ばされた。途中で具合が悪くなったり、倒れこんだ参加者も出た。これに抗議した実行委のメンバーに対しては、「こいつらを歩かせるように指示しろ」と言い、なおも抗議すると「逮捕するぞ、警告!何時何分……」などと恫喝した。「許可条件を守れ、デモ隊は三列」と警官は繰り返していたが、実は「許可条件」は四列なのである。さらに三列どころか、デモ隊列は二列、一列にさえ押し込められていたのだ。また、「デモは交通の迷惑になる(から規制されて当たり前)」と言い放つ警官もいた。デモは車道を歩くものであり、それが交通に一定の支障を来すのはあたりまえのことである。そのことを前提にして、デモという表現の自由が尊重すべきものとされるのだ。法を遵守しなければならない警察官が言ってよいことではない。

「今回のデモ参加者で、警官に押されたりさわられたりしなかった人間はいなかったのではないか」という感想が聞かれたが、これは決して大げさな話ではない。

とりわけ今回ひどかったのが、警察によるデモの参加者に対する暴言や、侮蔑的な態度である。いつもであれば、デモ隊への妨害は同じであっても、口先だけは「詰めて下さい」「早く進んで下さい」と、表面上「笑顔」さえつくる。しかし、今回は「前に詰めろ!」「お前ら早く進め!」である。表面的な「ていねいさ」さえかなぐり捨て、その言葉つきにふさわしい態度と顔つきは一貫していた。若い機動隊員の中には、薄ら笑いを浮かべつつ、高齢の参加者を「はい、がんばろう!」と言いながら何度も押している奴もいた。実に許しがたいことだ。

こうしたことのすべてに、私たちは何度も抗議をしたが、責任者然とした警官は「デモの許可を出してやったのは警察なんだから、お前らは言うことを聞け」と公言した。デモは憲法に保障された思想・表現の自由、基本的人権に属するものである。公安条例自体が不当なものだが、東京都の場合デモは届け出制であって、基本的に受理しなければならないものなのである。たしかに「許可証」は警察署長の名前で出るが、実際に「許可」するのは東京都公安委員会である。「警察がデモを許可している」などというのは、二重三重に間違った寝言である。

私たちのデモは、高齢者や「障害者」も参加する、非暴力の市民のデモである。デモにたいして卑劣な暴力を繰り返す街宣右翼などを理由に、警察は陰に陽に、デモへの介入を目論んできた。しかし、今回はそのような右翼は登場しなかった。そのようなかたちでのデモ規制をすることを通して、警察がデモを徹頭徹尾規制していく訓練がなされたのではないかと疑う。今回、警備責任者は、実行委のデモ指揮者さえ無視して、デモ全体を警察の統制の下に進行させようとしたのだ。これは、いつものデモとも、大きく異なるやり方である。おそらく下部の機動隊員は、ただこのデモを急がせろ、規制しろという命令だけを受けて、それを「忠実」に履行するよう徹底されていたのではないか。多くの批判があるように、憲法を蹂躙して恥じない現在の安倍政権の強権的な姿勢が、政権に批判的な言論・表現は規制されて当然という心性を、警察官たちにも与え続けているのではないのか。

今回の警備がこのようなものであり、私たちがそのターゲットとされたことのほんとうの理由は、知るところではない。しかしはっきり言えることは、今回のデモ規制が、われわれの権利としてある表現行為を妨害し、われわれが、われわれのペースとスタイルで街頭の人びとに対して訴えていく権利を侵害したということである。いま、全国各地で、さまざまにおきている街頭での人びとの抵抗や自己表現が、警察権力による不当な介入や弾圧の対象となり、それにともなう人権侵害も目立っている。そこに見られるのは、法を恣意的に運用し、人びとの行動に分断線を引く権力の無法である。

繰り返すが、デモの主体はデモの参加者であり、表現の権利と自由を一片の行政権力が侵すことは許されない。警視庁、機動隊、私服・公安、そして今回のデモに係わった所轄の警備警察官に対して強く抗議し、二度とこのような不当な規制をおこなわないことを強く訴える。

2016年3月22日

安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動

2016.2.11行動【集会基調】安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動集会基調

1 2・11と右派の動向

日本会議と神社本庁を中心とする右派勢力は、今年もまたこの二月一一日、各地で式典や行動を繰り広げている。

発足直後の「明治」政府は、それまでに積み上げられた史実に対抗して天皇を中心とする新国家の「正統性」を創作するため、記紀神話が歴史的事実であるかのごとき解釈を編み出した。二月一一日を「紀元節」としたこと自体も、諸外国の制度の模倣として、暦計算のつじつま合わせで設けられたものであり、神武に始まる神代「天皇」の存在も含めて、誰もが知るようになんの根拠もない。この「紀元節」は、戦後改革の中で一九四八年に一度は廃されながらも、日本政府は多くの反対を押し切り、これを一九六六年に「建国記念の日」として新たに制定したものなのだ。

そしてその後も日本国家は、天皇制を強化する目的で、祝日法の改定ばかりでなく「元号法」「国旗・国歌法」などを次々と制定してきた。これらの法律は、制定当初にはこれを強制するものではないとしながら、すぐさま天皇制や国家に対する服属を示す重要な儀礼や制度として、公務員や学校にはじまり、社会の成員全体に向けて強要され続けてきたのである。

昨年の戦争法をめぐる闘いは、大きな政府批判のうねりを作った。しかし、「クーデター的」とも批判された、立憲主義を踏みにじる強行突破によって、その法制化に成功したのち、安倍らの自公政権は、議会における圧倒的多数を背景に、さらに明文改憲へと突き進んでいる。こうした政府の意向をうけて、右派勢力は、自民党の改憲案を実現するための動きを、あらゆる方面からさらに活発化させている。

日本会議は、神社本庁などをはじめとする多数の宗教団体を中心とする右翼・保守主義の団体だが、自民党など右派政党の国会・地方議員の多数も加わり、強大化してきた。これまでにも日本会議は、「国旗・国歌法」や、教育基本法改悪、教科・教科書改変、愛国主義教育をはじめとする教育の国家主義的再編などで、その組織する「国民運動」を展開してきた。さらに、その「家族=国家」観に基づく男女平等政策の圧殺、外国人政策、天皇や政府閣僚らの靖国公式参拝に向けた政治的圧力と宣伝など、いまや安倍らの政府をイデオロギー面においてもバックアップし、まさに領導するほどの巨大な存在となっているのだ。

一昨年一〇月、これらの右派を中心として「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が設立され、一千万人を目標とする署名活動が開始されている。今年一月からは、天皇の元首化、憲法九条の改憲や「国家緊急事態」の制定をはじめとして、自民党改憲草案を丸ごと実現する趣旨で、全国の神社において改憲署名を開始している。

天皇制と「国体」イデオロギーに基づく大日本帝国を否定し、「国民主権」とさまざまな基本的人権の確立、「政教分離」などの重要な政治理念が、この七〇年間に実現されてきたはずだった。しかし、国家や民間経済の破綻と脆弱化をきっかけに、こうした成果の多くを投げうち、政治権力の強大な支配に差し出し、国家による監視体制と情報の管理に自らひれ伏していく傾向が社会全体を満たしつつある。

今年予定されている国政選挙は、その結果によっては、まちがいなく軍や警察、民間右翼による暴力支配と、自治体、企業や学校、メディアを通じた新たな翼賛体制とを形成していくものとなるだろう。私たちは、こうした目前の危機的な現実に向き合い、対決していかなければならない。

2 天皇のフィリピン訪問と安倍政権

一月二六日から三〇日までの五日間、天皇・皇后夫妻は「国交正常化六〇周年」にあたっての「友好親善訪問」の名の下に、「国賓」としてフィリピンを訪問した。

出発にあたり天皇は、羽田空港で「先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています。旅の終わりには、ルソン島東部のカリラヤの地で、フィリピン各地で戦没した私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます」と述べた。実際、二七日には歓迎式典のあと「無名戦士の墓」を訪れ、日本政府が建立した「比島戦没者の碑」に出向いたのは二九日だった。

われわれは、この「順序」に、なんとしてもフィリピンにおける日本の戦争責任の追及を「終わり」にしようという、日本のきわめて政治的な意図を見なければならない。

侵略戦争の結果、アジア太平洋戦争を通じてフィリピンではきわめて大量の死者が生み出された。圧倒的多数の民間人を含む、フィリピンの死者は一一一万人にのぼる(日本人死者も、地域別では最多の約五一万八〇〇〇人だ。兵士の多くが餓死であるという)。そういう歴史ゆえに、フィリピンは「反日感情」の強い地域であると言われてきた。明仁天皇は、皇太子時代の一九六二年にも美智子とともにフィリピンを訪問している。日本が軍政をしいたインドネシア訪問に続くものである。この時期日本資本主義は、アジアへの戦後「賠償」の名の下に、借款やODA供与による資本投下を行い、アジア再進出の足がかりとしていた。そのためにも、過去の戦争を「水に流す」セレモニーが必要であったのだ。

二七日には、マニラの大統領府近くで、元日本軍「慰安婦」の女性たちが、日本政府が事実を認めて謝罪し補償することを求めて集会を行った。抗議のプラカードには「日米のアジア太平洋軍事同盟に反対」という文言もあった。マスコミは、今回の天皇のフィリピン訪問が、戦争の死者を悼み、平和を祈る、あくまで友好親善のためのものと描き出している。しかし中国の大国化や南シナ海の海洋進出、「領土問題」などをめぐって、この地域が日米同盟においても重要な戦略拠点となっている現在、今回の天皇がフィリピンを訪れることの政治的な意味合いは、きわめて露骨なものである。日本が新たな戦争に乗り出していこうというとき、まずかつての戦争を「反省」し「平和」を求めているポーズを示すことが、不可欠の課題となっているからだ。

私たちがこの間直面してきたのは、暴走する安倍「壊憲」政権に対して、「護憲・リベラル」なアキヒト天皇制を対置し、後者を賛美し期待すらする言説の広がりであった。「安倍談話」にたいして、それに対抗的な「天皇談話」が出され、それが安倍政治への痛撃になるのだ、という観測も流れた。実際は天皇は全国戦没者追悼式において「先の大戦に対する深い反省」ということばを盛り込んだにすぎないが、それが、安倍談話より踏み込んだ内容であるとして、メディアなどで持ち上げられた。安倍をたたくために天皇の権威に頼ること自体、民主主義とはほど遠い心性であるが、何よりも天皇制は国家の一つの機関であり、天皇の「おことば」とは国家のことばであることが、繰り返し強調されなければならないだろう。憲法上の地位と歴史的にもつその権威をもって、ときの政権に正統性を与え権威づける儀礼的な側面こそが、天皇の政治的な仕事である。

確かに、象徴天皇制を柱とする戦後秩序に立脚しようとするかにみえる天皇の言動と、安倍個人のイデオロギーとの間に、事実として齟齬はあるかもしれない。けれども、そうであったとしても、それは全体としての政治のなかで調整され、結果としてそれぞれに役割を果たすものだと考えられなければならない。天皇が個人として、安倍を嫌っているかどうかということは関係ないのだ。

このことは、安倍個人の右翼的な政治的資質が、現実の政治において貫徹できていないこととも同質である。安倍靖国参拝への「失望」や、「慰安婦問題日韓合意」への「圧力」に見られるように、日本において右翼主義が全面化することへのアメリカの強い警戒と批判が存在している。対中国をにらんだアメリカのアジア戦略を円滑に進める上で、日韓の対立は得策ではない。「慰安婦」をなかったことにしたい安倍の歴史観は受け入れられるものではない。

だが同時に、グローバル化時代において、新自由主義と新国家主義を強化してきた八〇年代以降の日本の政治過程において、「私が責任者」「私が決める」という独善的な安倍政権の強権性が、時代の要請として登場したことの意味もとらえられなければならない。

ファシズムをも思わせる安倍政権の憲法破壊、政治的な暴走ぶりが、安倍個人のキャラクターに支えられていると同時に、こうした政治が全面化している歴史的段階性をふまえつつ、同じ時代性によって規定されている象徴天皇制の現在もまたあるということを、見すえていかなければならないのだ。

安倍戦争国家と象徴天皇制とを共に問う行動を続けていくなかで、これらの課題を果たしていこう。

3 国家の軍事化と社会の軍事化

欧米諸国は「イスラム国(IS)」による「フランス同時多発テロ」などによって「イスラム国(IS)」と戦争状態に入り、「9・11」以降の終わりなき「対テロ戦争」は世界戦争へ突入した。世界は第二次世界大戦以降の米国を中心とする支配秩序が崩壊しつつある。

米政府は中国の南沙諸島の軍事拠点化や朝鮮民主主義人民共和国の「水爆実験」を理由に戦略爆撃機や空母を派遣し、東アジアに介入して軍事的緊張を高めており、安倍政権は、米国の戦争挑発を支持し、日本独自の制裁も準備して戦争挑発をしている。

第一次安倍政権は、教育基本法改悪、防衛庁・省昇格法、国民投票法などを成立させ、戦争国家の基礎をかため、昨年全国の戦争法案反対の声を踏みにじって派兵恒久法(「国際平和支援法」)と一〇本の戦争法を一つにした「平和安全法制整備法」を強行成立させた。今年三月にも戦争法を施行すれば自衛隊はいつでもどこでも派遣でき米軍と共に戦争することができるようになる。さらに夏の衆参同時選挙を画策し、戦争国家の完成として「緊急事態条項」新設など改憲にむけた動きを加速させようとしている。

安倍政権の「戦争する国」への大転換は、戦争法制や沖縄の米軍・自衛隊基地の強化に止まらない。岩国基地や横田基地など在日米軍基地の強化と木更津駐屯地など自衛隊基地の飛躍的強化が図られ、2016年度の防衛予算は昨年の一・五倍、五兆円を超えた。「思いやり予算」の増額や辺野古の基地建設費用と自衛隊の武器購入のためである。

戦争国家化は、戦争法や軍隊、武器の強化・拡大に止まらず、社会の軍事化も急速にすすめられている。

安倍政権下、ますます新自由主義グローバリズムを推しすすめ、労働法制改悪など労働者の権利と生活は破壊され、増税など民衆への収奪を強め、社会保障を解体し、税金は軍事費と大企業の減税など優遇措置に振り向けている。

二〇一四年に武器輸出三原則を「防衛装備移転三原則」に変えて、武器輸出を全面的に解禁した。その結果日本社会の軍事化は急速に進んだ。三菱重工、東芝、日立製作所など最大手の軍需企業は、原発製造メーカーでもある。ミサイル部品を米国へ輸出したり、英国と兵器の共同研究など既に始まっている。そして昨年一〇月、各自衛隊が個別に担ってきた武器の開発、購入、輸出を一元的に管理する防衛装備庁を発足させ、さらに武器輸出の拡大を図っている。経団連は、武器輸出を「国家戦略として推進すべきだ」と提言し、日本独占資本は安倍政権と一体化して「死の商人」への道をつき進んでいる。

その流れは大学にも及んでいる。防衛省と大学の連携も進み、軍事技術として応用できる基礎研究の公募に、少なくとも一六大学が応じた。公然と軍事研究に手を染め、産官学の共同体制も進んでいる。

昨年二月「ODA(政府開発援助)大綱」を「開発協力大綱」に変え、他国軍への支援を「非軍事」を名目に解禁し、すでに巡視船供与を開始している。

戦争する「国民」への転換の重要な柱として教育への国家の関与が強まり、「日の丸・君が代」を拒否する教育労働者への処分攻撃は言うに及ばず、武道の導入や道徳の教科への格上げがすすめられ、愛国心教育など天皇主義・国家主義教育が強まっている。

安倍政権下、与党自民党が在京テレビ各局に「選挙時期に一層の公平中立な報道」を求める文書を送ったことに見られるようにマスコミに対する圧力は強まり、翼賛報道がすすめられている。

日米の戦争体制の重要な基地として、安倍政権は辺野古新基地建設を推進している。そのために法律を捻じ曲げ、勝手な解釈で悪用し、地方自治も踏みにじり、海上保安庁と警視庁機動隊投入など国家権力を総動員してなり振りかまわない攻撃をかけ、オール沖縄の島ぐるみの反基地闘争を解体せんとしている。

沖縄の日米による軍事基地化をもたらしたのは、天皇制国家の敗戦過程と関わっている。天皇ヒロヒトによる天皇制護持のために敗戦が必至という「近衛上奏文」を「もう一度戦果をあげてから」と一蹴し、凄惨な沖縄戦、原爆被害をもたらした。その上敗戦後に、自らと天皇制の延命のために沖縄を米軍に差し出し、日米安保をもたらしたのだ。戦後の天皇制国家と天皇ヒロヒトが準備した象徴天皇制と日米安保破棄の闘いが重要である。

さいごに

以上のように、安倍政権は法整備をはじめ、教育、産業、科学技術、財界といった、国家機構全体の軍事化をはかり、眼前の課題としての川内に次ぐ高浜原発の再稼働を押し切り、再稼働ラッシュを目論んでいる。福島原発事故の原因究明もないまま、事故の責任は国も東電もとらずじまいで、被害者へのまともな保障もなく、今後の事故対応の保障もないままの再稼働である。また、国際的には軍事協力、武器輸出、原発輸出の進行をスピードアップさせつつ、戦争法の具体的な運用としての派兵が進められるだろう。この政策の下では、人びとの生存権・人権は世界規模でさらに切り捨てられていくことはあきらかである。

一方、天皇とその一族は平和と護憲の看板を掲げつつも、この安倍政権の政策を承認させていく象徴天皇としての役割、安倍政権に対立的な言動をできるだけ小さく押しとどめるというその役割を、今後も担い続けるしかない。その役割はさらに大きなものになっていくであろう。国内における「巡行」と「皇室外交」のあらゆる局面でそれは展開され、護憲・平和天皇の空疎な言動は、これまでがそうであったように、安倍政権と対立的な構造で演出されるかもしれない。しかしそれは、社会的な対立、安倍政権への批判や抗議の声をかき消す役割を果たすためのものでしかない。天皇とその一族の言動を、私たちは今後も注意深く監視し、安倍の政策ともども批判し抗議の声をあげていきたい。

今年の大きな天皇行事は天皇・皇后のフィリピン訪問に始まった。そして例年どおり、3・11の「東日本大震災五周年追悼式」、三大天皇行事である「67回全国植樹祭(6/5、長野)」、「36回全国豊かな海づくり大会(9/10・11、山形)」、「71回国民体育大会(10/1〜11、岩手)」があり、例年の8・15「全国戦没者追悼式」がある。戦争法が制定され、新たな戦死者が想定される現在、新しい国家による戦死者追悼の形が模索されているのは間違いなく、その死を遺族と社会が受け入れていく装置としての儀礼空間が天皇を使って作りだされるだろう。問題は安倍たちの歴史認識だけではすまない時代にすでに入っているのだ。また、五月二六日・二七日には、伊勢志摩サミットが開催され、集まる各国要人との「皇室外交」も予想される。

天皇は政治利用されるために存在している。政策を円滑に進めるための「非政治的・権威的」存在として機能していることを、私たちは何度でも主張したい。そして、政策によって切り捨てられる側にある私たちはともに、政策を遂行する政権と、政権と一体のものとしてある天皇制に、NOの声をあげていくしかない。

私たちは今日、天皇制反対、「紀元節」反対の声を上げるために仲間とともにデモに出発する。右翼と警察の挑発・弾圧に負けず、歩きとおそう!

天皇神話の建国記念日はいらない! 戦争反対! 天皇のフィリピン訪問に抗議する! 声をあげよう!

二〇一六年二月一一日

2016.2.11行動【連帯アピール】第50回なくせ!建国記念の日・許すな!靖国国営化 2・11東京集会に参加された皆さんへ

第50回なくせ!建国記念の日・許すな!靖国国営化 2・11東京集会に参加された皆さん

今年、私たちは「安倍戦争国家と天皇制を問う」というテーマで、渋谷で集会とデモに取り組んでいます。

先日、天皇はフィリピンを訪問し、戦争の「死者」の「慰霊」儀式をおこないました。現地では、戦争責任を追及する、元「日本軍慰安婦」の女性たちの抗議デモもありました。100万人を超える多くの現地の人々を死に追いやった日本の戦争責任が、天皇の訪問で解消されることなどありえません。いうまでもなくフィリピンは、日米同盟の下での対中国戦略において、きわめて重要な位置をしめるものであり、そのフィリピンとの「友好親善」の強化は、新しい戦争へとつきすすむ安倍政権の戦争政策の一環です。天皇は、全体としてのその政治の一翼を、過去の戦争を反省しているポーズを示す、日本国家の外交的な役割を担っています。私たちは、今年もこういった天皇制の役割と、安倍政権の戦争政策との関係を、問い続けていきたいと考えています。

今日も皆さんが、同じ東京で、「紀元節」と安倍政権の政治に反対の声を上げ、集会とデモに取り組んでおられます。その皆さんと連帯アピールの交換ができることに、強い励ましを与えていただいています。ともに連帯して街頭で声をあげていきましょう。

2016年2月11日
安倍戦争国家と天皇制を問う 2.11反「紀元節」行動参加者一同

2016.2.11行動【集会案内】安倍戦争国家と天皇制を問う 2.11反「紀元節」行動に参加を!

▼講師

須永守(近現代史研究)
「戦争国家と天皇の『慰霊』」

▼日時 2016年2月11日(木)
13時15分開場 *集会後デモ

▼場所 神宮前穏田区民会館1F
地下鉄明治神宮前駅/JR原宿駅下車

 

敗戦70年目の2015年は、日本国家が、アメリカ主導の戦争にいつでも、どこでも参加しうる戦争体制に、公然と踏み込んだ年となった。自衛隊が具体的な戦闘行動に参加し、殺し殺される関係へと入っていく危機は、かつてなく高まっている。さらに安倍は、2016年の参院選での「勝利」をバネに、改憲攻撃をさらに強めようとしている。憲法を無視し、現実的にそれを破壊しながら、他方で憲法それ自体をも変えていこうというのだ。

この1月26日には、明仁天皇夫婦が、フィリピンを「公式訪問」する予定だ。マニラで歓迎式典やアキノ大統領との会見、晩餐会に出席し、日本政府が1973年にラグナ州に建てた「比島戦没者の碑」を訪れるという。日本の侵略戦争の結果、アジア太平洋戦争を通じてフィリピンではきわめて大量の死者が生み出された。圧倒的多数の民間人を含む、フィリピンの死者は111万人にのぼる。日本人死者も、地域別では最多の約51万8000人だ。兵士の多くが餓死であるという。

戦争・戦後責任を一貫して果たさない戦後国家の象徴こそ天皇制である。決して責任者を名指ししない国家による死者の「慰霊・追悼」においては、死者は国家がひきおこした戦争の被害者であるというより、なによりもまず、いまの「平和」をもたらした「尊い犠牲」となる。こうして国家責任が問われることはなくなる。そして新たな戦争の死者も、「平和」のための死、国家のための死の賛美という点では、同様の位置づけをされることになるだろう。天皇を中心としてなされる、国家による「慰霊・追悼」を決して許さない。

安倍政権による「戦後」総括と戦争政策、改憲攻撃と対決し、その中における天皇制の役割を批判しぬく反天皇制運動をつくっていこう。2016年の反天皇制運動の展開の第一波として準備される、2・11反「紀元節」行動の集会とデモへ参加を !

安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動実行委員会

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会