2016.2.11行動【よびかけ】安倍戦争国家と天皇制を問う2.11反「紀元節」行動への参加・賛同の呼びかけ

敗戦七〇年目の二〇一五年は、日本国家が、アメリカ主導の戦争にいつでも、どこでも参加しうる戦争体制に、公然と踏み込んだ年となった。強行的に成立させられてしまった安保関連法案は、二〇一六年三月二九日に施行される。自衛隊が具体的な戦闘行動に参加し、殺し殺される関係へと入っていく危機は、かつてなく高まっている。さらに安倍は、「憲法改正をはじめ、占領時代につくられたさまざまな仕組みを変えていくことが(自民党)立党の原点だ」と述べ、二〇一六年の参院選での「勝利」をバネに、改憲攻撃をさらに強めようとしている。憲法を無視し、現実的にそれを破壊しながら、他方で憲法それ自体をも変えていこうというのだ。

戦後日本の「国体」といえる安保体制と象徴天皇制こそ、「占領」下で日米が合作してつくりだしたものにほかならない。しかし、安倍にとってはそれは否定されるべきものではない。いわゆる「戦後的価値」、平和主義や基本的人権を国家に「優先」させる思想こそ、安倍自民党が否定しようとしているものである。それらは、「私が責任者」と豪語する安倍の、国家主義的・強権的な政治手法と根本的に対立する。二〇一五年秋に、国会前で叫ばれていたのは、こうした強権政治への否認であったはずである。

他方、この一月二六日には、明仁天皇夫婦が、フィリピンを「公式訪問」する予定だ。マニラで歓迎式典やアキノ大統領との会見、晩餐会に出席し、日本政府が一九七三年にラグナ州に建てた「比島戦没者の碑」を訪れるという。日本の侵略戦争の結果、アジア太平洋戦争を通じてフィリピンではきわめて大量の死者が生み出された。圧倒的多数の民間人を含む、フィリピンの死者は一一一万人にのぼる。日本人死者も、地域別では最多の約五一万八〇〇〇人だ。兵士の多くが餓死であるという。

昨年四月、天皇は「激戦地」パラオを訪問し、死者の「慰霊・追悼」をおこなった。それは、「戦争という悲劇の死者に思いをはせ、戦争の悲惨さを心に刻む天皇」といった文脈で描き出された。だが、この多数の死者を生み出した戦争、その戦争をひきおこした近代天皇制国家の責任は、決して問われることはなかった。

今回のフィリピン訪問においても、同じような語りが繰り返されるに違いない。占領下の天皇制は、戦後の象徴天皇制に衣替えし、戦争責任を回避しえた。戦争・戦後責任を一貫して果たさ戦後国家の象徴こそ天皇制である。決して責任者を名指ししない国家による死者の「慰霊・追悼」においては、死者は国家がひきおこした戦争の被害者であるというより、なによりもまず、いまの「平和」をもたらした「尊い犠牲」となる。それは国民こぞって追悼しなければならない。こうして国家責任が問われることはなくなる。そして新たな戦争の死者も、「平和」のための死、国家のための死の賛美という点では、同様の位置づけをされることになるだろう。天皇を中心としてなされる、国家による「慰霊・追悼」を決して許さない。

この間、安倍の強権政治と比較して、天皇の「護憲・平和主義」が肯定的に言及されることが多い。しかし、天皇の役割とは、つねに、現実が生み出す社会的な亀裂を、観念的に糊塗し「修復」する機能を、国家の装置として果すことである。安倍政権による「戦後」総括と戦争政策、改憲攻撃と対決し、その中における天皇制の役割を批判しぬく反天皇制運動をつくっていこう。二〇一六年の反天皇制運動の展開の第一波として準備される、2・11反「紀元節」行動への、多くの方の参加・賛同を訴える。

安倍戦争国家と天皇制を問う 2・11反「紀元節」行動実行委員会

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

 

2015.8.15行動【報告】「戦後レジーム」の70年を問う 7・8月行動報告

敗戦七〇年の秋、安倍政権は安保法制を強行可決して、その戦争国家体制づくりを更に一段階進めた。同時にその歴史認識においては、植民地支配責任や侵略戦争への責任を限りなく無化し、日米同盟を基軸とする「未来志向」「積極的平和主義」をうたいあげる「安倍談話」を発表した。

安保法案をめぐる国会内外の攻防における安倍政権の対応にみられるように、「戦後レジーム」からの脱却を呼号する安倍政権は、戦後民主主義=平和主義を、暴力的に押しつぶしていく「ファッショ的」政権である。国会周辺に詰めかけた多くの人びとが、そのことに強い危機感をもち、声を上げ続けていたことは疑いない(「民主か独裁か」)。

だが、私たちは同時に、そこでいわれる「戦後レジーム」とはどのようなものであったかを問わないではいられない。たんに「戦後民主主義」の内実がどうだったかと言うだけではない。それ自体が天皇制国家の戦争責任を免罪し、日米安保体制を新たな「国体」とすることを構造化した体制であること、そして安倍の言う「脱却」とは、その体制を現在的に強化するために、「戦後」のなかに確かに含まれていた民主主義や平和主義的なものを破棄していくためのスローガンであることが、確認されなければならない。私たちは、今年の8・15をこういう問題意識にたって取り組むべく、一連の行動を行った。

今年は8・15当日を反「靖国」デモのみとし、講演集会を別におこなった。私たちが常に頭を悩ませているところの会場問題が大きいが、そのことを逆手にとって、講師の話をじっくり聞き、かつデモにも集中することができるとも考えた。

七月二六日には、水道橋の全水道会館で、田中利幸さんをお招きした講演集会。諸集会と重なる日程だったこともあり、参加者はやや少ない五六人。

主催者からの基調的な発言の後、講演。田中さんは、「敗戦七〇周年を迎えるにあたって〜戦争責任の本質問題を考える」として日本の戦争責任、天皇制の役割について、パワーポイントを使いながら講演した。原爆と空襲という無差別大量殺戮=人道に対する罪を犯した責任が問われることがなかったアメリカは、その後も繰り返し各地で多くの市民を殺傷してきた。日本政府が無条件にそれを支持し続けてきたことについて、それを許してきたわれわれの責任がある。日米合作の起源である敗戦時にさかのぼり、戦後を問い直していかなければならないなどと述べた。実行委からは天野恵一がこれに応答するかたちで発言し、講演の趣旨に賛意を示しながら、戦争を終わらせた天皇制の「聖断」という神話とアメリカの「原爆」投下という神話とが、合わせ鏡のように見合って始まった戦後があり、「国体護持」のために戦争を長引かせた天皇制国家には原爆投下を招いた「招爆責任」があるという視点を強調した。

講演に続き、「2015 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」、つくばの「戦時下の現在を考える講座」、安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京から、それぞれアピールをいただいた。

八月四日からは、田中利幸さんが代表をつとめた「8・6ヒロシマ平和のつどい2015」に参加。この集会は「検証:被爆・敗戦70年─日米戦争責任と安倍談話を問う」と題されて行われたもので、私たちも今年の8・15行動の一連の取り組みの中に、これへの合流を位置づけていたもの。実行委員会からも多くのメンバーが、広島市まちづくり市民交流プラザにおいて開催されたこの集会に参加した。三日間にわたり、八つの講演会とまとめ集会からなる、きわめて充実した講演と討論が行われた(講師は上野千鶴子・渡辺美奈・高島伸欣・市場淳子・天野恵一・安次富浩・中北龍太郎・武藤一羊)。また呉や岩国、原民喜の足跡をめぐるフィールドワークもあり、六日には原爆ドーム前のグラウンド・ゼロのつどい、中国電力本社前へのデモと脱原発座り込み行動に参加した。

そして八月一五日の反「靖国」デモ。二二〇名余りの参加者があり、デモ前の打ち合わせ会場である「スペースたんぽぽ」に入りきれない。出発前の集会では、戦時下の現在を考える講座、自衛隊・米軍参加の東京都・立川市総合防災訓練―九都県市防災訓練に反対する実行委員会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会から、それぞれアピールを受けた。続いて、前日発表された「安倍談話」に対する批判を含めた「反『靖国』行動アピール」を全体で確認し、神保町から靖国神社の大鳥居を望む九段下交差点を通り、水道橋駅近くの小公園までのデモに出発した。今年は敗戦七〇年という節目であるからか、警備も例年にない右翼シフトを敷いて、街宣右翼を大幅にシャットアウトしたために、デモ隊への突入や宣伝カーへの攻撃、横断幕やプラカードの強奪といった事態は、昨年までに比べればきわめて軽微にすんだ。しかし、機動隊のデモへの圧縮などの妨害、公安警察による違法なビデオ撮影は、これまで同様、あるいはそれ以上のものがあった。他方、在特会など「行動する保守」の連中は、かなり参加者を減じたように見えた。

特筆すべきは、九段の交差点近くで、「アベ政治を許さない」というプラカードを掲げた女性が、私たちのデモ隊に声援を送っている姿が見えたことである。ほかの場所でも、同様の人がいたという。当日、千鳥ヶ淵でおこなわれた集会の参加者かもしれない。しかし、右翼と警官に囲まれながら、堂々とアピールするその姿はすばらしかった。

7・8月行動は終了したが、参加者の多くが、8・15を前後する国会周辺の安保法制反対行動に通い詰める日々に忙殺されたはずである。戦争国家が必然的に招き寄せる戦争の死者を、戦争目的を賛美するために国家が利用する「慰霊・追悼」という問題は、ますますリアルなものとなってきている。今後も続くであろう戦争法の実質化、戦争国家を拒否する闘いに参加する中で、こうした課題を訴え続けていきたい。

最後に、きわめて残念なことだが、8・15集会に潜入した右翼によって集会の模様が盗撮され、youtubeに動画がアップされるという事態がおきてしまった。これについて現在、弁護士とも相談しながらyoutubeへの動画取り下げ要請などを続けているところである。これについては、今後、何らかのかたちで報告したい。

(北野誉)

2015.8.15行動【アピール】8・15反「靖国」行動アピール   

敗戦七〇年の夏、私たちは今年も靖国神社に向うデモに出発する。

一九四五年八月一五日は戦争が終わった日ではない。ポツダム宣言受諾は八月一四日であり、降伏文書への調印は九月二日だ。八月一五日は天皇のラジオ放送がなされた日でしかない。これが「終戦記念日」とされるのは、昭和天皇のいわゆる「聖断」によって戦争が終わり、「国民の命が救われた」という歴史意識を、人々の間に刷り込むためにほかならない。

しかし、昭和天皇こそ、アジアの二〇〇〇万人以上の人々を殺し、日本軍軍人軍属二三〇万人を含む三一〇万人以上の死者を生み出したこの戦争の最高責任者だ。昭和天皇は、一九四五年二月、すでに敗戦は必至であったにもかかわらず、重臣による戦争終結の進言を「もう一度戦果を挙げてから」と言って拒否し、その後東京など各地の空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下を招いた。東京大空襲・沖縄・広島・長崎だけでも、その死者は四八万六〇〇〇人(行政機関発表の数字)にものぼる。民間人の死者の多くが、この時期に死んでいるのだ。最後まで天皇制国家の維持を最優先にして、戦争終結を引き伸ばし続け、国内外の命を奪い続けてきたのが昭和天皇である。戦後の日本国家が、こうした天皇の戦争責任の否認から始まっていることを、私たちは何度でも確認しよう。

靖国神社は天皇のための神社であり続けている。それは、たんなる一宗教法人などではない。天皇の戦争のための死者を「英霊」として祀り、称え続けている戦争のための施設である。戦前は陸海軍によって祭事が執り行われ、戦後もたびたび天皇や首相が参拝し、厚生省から戦没者名簿の提供を受けるなどの便宜を得るなど、国家と深い結びつきを持ち続けてきた。そこに祭神として祭られている者の圧倒的多数は、アジアへの侵略戦争に狩り出され、加害者にされた結果、「殺し殺された」被害者である。そこには、植民地支配の結果日本軍人とされた、朝鮮人・台湾人の死者も含まれている。これらの被害者を「神」として祭り上げ、国のための死を賛美する道具とすることこそ、一貫したこの神社の役割である。

昨日発表された安倍七〇年談話において、日本が引き起こした侵略戦争と、それにいたる植民地支配が、どのように語られるかが注目された。おそらく安倍が、それにふれないですませたかっただろう「村山談話」のキーワード─「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「お詫び」という言葉─は、文字のうえではすべて入った。そこには政治的な駆け引きがあったに違いない。だが出てきたそれは、日本がそれらの行為の主体であり責任の主体であることを回避ないし限りなくぼかし、日本の近代史に居直るロジックに満ちた代物である。「侵略」はたった一カ所、「事変」や「戦争」という言葉と並んで、国際紛争を解決する手段としては二度と用いてはならないという一般論として語られているだけだ。「植民地支配」も、朝鮮や台湾の植民地支配にふれないばかりか、一九世紀の国際社会においては一般的にあったことで、日本はむしろ植民地化の危機をはねのけて独立を守り抜いた、朝鮮半島支配をめぐる帝国主義間戦争にほかならない日露戦争における日本の勝利が、植民地支配にあった人々を力づけたとまで言うのだ。満州事変以後、日本が道を誤ったというが、それも世界恐慌や欧米諸国主導のブロック化によって強いられてそうなったというような口ぶりである。こういう手前勝手な歴史観にもとづいて「反省」や「謝罪」など決してできないが、事実、安倍は「反省」も「謝罪」もしていない。ただ、「我が国は繰り返し痛切な反省と心からのお詫びをしてきました」と述べているだけだ。しかし問題は、これまで政治家たちがたんに言葉の上だけで「反省」や「お詫び」を語り、被害当事者たちへの日本国家による謝罪と補償を一貫して拒否し続けてきたことが批判されているということであり、そのことを忘れてはならない。さらに被害を受けた国々の「寛容」を謳い、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」というのである。これは、すでにさんざん謝罪の意を示してきたのに、いつまで謝れというのかという、右派の論理をソフトに言い換えただけのことだ。

「戦場の陰に、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた」とか、「我が国が与えた」苦痛と一方で認めながら、「歴史とは実に取りかえしのつかない、苛烈なもの」「今なお言葉を失い、断腸の念を禁じえない」などと、まるで第三者的な視点で言ってのける態度は許しがたい。そして、「これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります」という。

しかし、こうした論理は、国家による死者の追悼においてはおなじみのものである。本日九段で行なわれた天皇出席の「全国戦没者追悼式」は、靖国のように過去の戦争を公然と賛美することはしないが、戦争の死者が「戦後日本の平和の礎」となったとすることにおいて、「国のための死」を価値づける儀式である。とりわけ、そこに「国民統合の象徴」とされる天皇が出席することによって、それはまさしく「国民的」な儀式となるのである。この「平和のための死」は、過去の戦争の死をそのように解釈してみせるだけではない。安倍政権によって強行的に成立させられようとしている戦争法案は、新たな戦争の新たな死者を生みださざるを得ない。このとき、その死は必ず「平和のための死」として賛美されるだろう。国のための死は尊いということを、毎年国民的に確認するこの国家による追悼儀式に、私たちは反対していく。

なお、今年の全国戦没者追悼式における天皇の「お言葉」には、「さきの大戦に対する深い反省」「平和の存続を切望する国民の意識に支えられ」て戦後の平和が築かれたなどの文言が加えられた。これがおそらく、安倍談話のひどさと対比した天皇の平和主義として、様々な場で肯定的に語られることになるのだろう。しかし、そこで隠されているのは、その戦争を起こした天皇制国家の責任である。天皇の言葉ということで言えば、昭和天皇の「遺徳」を受け継ぐと言って天皇に即位した現天皇という立場を消去した、極めて欺瞞的なものである。

日本国家がなすべきことは、内外に多くの被害を与えた戦争について反省し、戦闘参加者を含むすべての戦争の死者に謝罪し、賠償を行うことだ。だが、戦後日本国家が行ってきたことは、まったく逆である。日本国家が行いつづけてきたことは、国家による戦争が生みだした死者を「尊い犠牲者」として賛美することだ。しかもその死の顕彰は、かつての帝国の序列に従って差別化される。高級軍人の遺族ほど手厚い軍人恩給制度がある一方で、空襲による被害者に対しては「受認論」によってなんの補償もなされないままだ。朝鮮人兵士は軍人恩給からも排除され、「慰安婦」とされた女性や強制労働を強いられた朝鮮人などに対しては、排外主義的な攻撃対象にさえされる。

戦後七〇年、侵略戦争責任・植民地支配責任を一貫してとらず、アメリカの戦争政策につき従ってきたのが戦後日本である。そしていま安倍政権は、「戦後レジームからの脱却」を掲げて、日米同盟の方向性は強化しながら、戦後に含まれていた「民主主義的価値」さえも一掃して、新自由主義と国家主義による戦争国家へと全面的に転換してきている。安倍談話も含めた、この政権の歴史認識総体が批判されなければならない。戦前・戦後の日本国家と天皇制の責任を問い、戦争法案の成立を阻止しよう。安倍政権の戦争政策と対決する闘いに合流し、戦争国家による死者の利用を許さないために、ともに抗議の声を上げよう!

二〇一五年八月一五日

2015.8.15行動【連帯アピール】第42回許すな!靖国国営化8.15集会に参加された皆さんへ

第42回 許すな!靖国国営化 8.15集会に参加された皆さん

 

今年も、この8月15日に、戦争と靖国に反対する行動をつづけておられる皆さんと、連帯の意志を交換できることを大変嬉しく感じています。

私たちは、今年は〈「戦後レジーム」の70年を問う!7・8月行動〉として、7月に日本の戦争責任問題に関する講演集会をおこない、8月には「ヒロシマ平和へのつどい」に参加してきました。安倍政権が推し進めている戦争法制が、新たな戦争における「殺し殺される」関係へと、自衛隊員や日本の民衆を駆り立てていくことは間違いありません。さらに14日に発表されようとしている「謝罪」なき「安倍談話」は、「未来志向」の名のもとに、過去の植民地支配・侵略戦争責任を消し去ろうというものです。そして新たな戦争と過去の戦争とを、肯定的につなげていくために、平和のための死=国のための死は尊いものであるとする「靖国の論理」が呼び出されてこざるを得ません。

私たちは、本日午後、靖国神社に向けてデモをおこないます。それぞれの場所から、ともに、戦争反対・靖国反対の声を上げていきましょう。

2015年8月15日
「戦後レジーム」の70年を問う!7・8月行動

2015.8.15行動【抗議文】警視庁神田警察署に所属する警察官の不当な対応についての苦情申し出書

反「靖国」行動は、8月12日、デモ申請時の警視庁神田署署員の不当な対応について以下の苦情申し出を、東京都公安委員会宛に出しました。

 

苦情申出書

2015年8月12日
東京都公安委員会御中

苦情申出人ら「8・15反『靖国』行動実行委員会」が、2015年8月11日に実施したデモ申請に対して、警視庁神田警察署に所属する警察官によって、不当な対応を受けたので、これについて、警察法第79条に基づき苦情申出を行う。

1、苦情申出人の氏名

8・15反『靖国』行動実行委員会
実行委員 事務局員 ○○○○
住所
電話

2、苦情申出の原因たる職務執行の日時、場所とその概要について

年月日:2015年8月11日
時間: 同日18時20分ころ

苦情申出人らは、2015年8月11日に警視庁神田警察署に赴き、東京都公安委員会に対して集団示威運動許可申請を提出した。
そのさい、苦情申出人らは、8月15日に予定している集団示威運動が安全にかつ円滑に行動できるようにという目的で、添付する要請書を持参し、神田警察署の当直担当者の面前において読み聞けを行なった。

ところが、その当直担当者は、その読み聞けの直後に、「これは受け取れない」「受け取るなと指示がある」と言い、苦情申出人らの面前で、その要請書をゴミ箱に投棄した。

さらに、苦情申出人らが、これに抗議し、当直担当者の氏名や役職、要請書に関わる指示命令の出所、根拠を尋ねても、これに答えず、無視した。

3、苦情申出の原因たる職務執行による申出人らの不利益と、これにかかわる警察職員の職務執行の問題点について

苦情申出人らは、上記に述べたように、8月15日に予定している行動が安全かつ円滑に進むようにという善意の目的を持って、当日の行動を所轄する神田警察署に対して、許可申請を行うと同時に、当日の警備に対する要請を行なったものである。

このような要請が、警察官の受け取るべき要請書の形式を満たさないものであるとしても、公務員として必要な行動は、まず、文書の形式、提出の形式について丁寧に案内を行なうことでなくてはならないはずである。

少なくとも、そうした説明もないまま、申出人らの面前で、文書を投棄したり破棄したりするという行為は、きわめて侮辱的なものであり、公務員による職務執行として適切なものであるとは、とうてい考えられない。

このように平然と侮辱的な行為を行い、恥じることのないような警察官らによって、警備行動がなされるということは、基本的人権を擁護するべき警察官の行動が、集団示威運動の場においてはもちろん、それ以外の局面においても、適切になされるかどうかについて大きな疑念を持たせるものである。

そのことは、警察全体に対する信頼にも関わることであり、軽視できない。

また、当該の警察官は、苦情申出人らがその氏名や役職を尋ねた際に、それを無視し、答えようとしなかった。また警察手帳の提示も行わなかった。

苦情申出人らは、当日、正規に警視庁警備部警備連絡係において作成した集団示威運動許可申請を持参しており、これを受け取ったのも当該の警察官である。

前述のように、この苦情申出書においては「警察官」と記述しているが、実際にその者が神田署に所属する警察官であるかどうかについて、申出人らは確認する手段を持つことができなかったというのが事実である。

このような状況では、真実の警察官が適切に職務を執行しているのであるのかどうかについて、申出人らは確信を持つことができない。

これもまた、警察全体に対する信頼を揺るがせかねないものであり、軽視されるべきではない。

警察は、直ちに正しい事実の調査を行ない、これに基づき、適切な手続きが十分な信頼関係の下で、実施されるようにするべきである。また、不適切な職務執行について謝罪を行なって、今後、そうした事態が二度と発生しないよう、警察の全職員に対して徹底させるべきである。

以上、苦情を申し出るものである。

 

添付資料
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2015年08月11日

警視庁警備部長 殿
警視庁神田警察署長 殿
警視庁麹町警察署長 殿

8・15反「靖国」行動実行委員会

私たち反「靖国」行動実行委員会は、8月15日、「『戦後レジーム』の70年を問う 8・15反『靖国』行動」を行うにあたり、これまでの実行委員会が主催したデモの経験を踏まえ、8月15日当日の貴職らによる警備について、申し入れます。

近年、右翼団体の排外主義的な政治活動が猖獗をきわめ、それとともに右翼暴力団の構成員らによって、集会やデモの参加者が直接的な暴力にさらされる事態も頻発しています。

このような現実に際して、警察により実施される警備は、集会やデモを憲法の理念に基づいて保障するものではありません。それどころか、右翼暴力団が参加者に対してほしいままの暴行をなすことや、轟音による妨害行為を行うことを勧めているに等しいものであり、およそ表現の自由を認める法治国家とは言えない事態です。

2013年および2014年8月15日の私たちの行動に対する警備は、大音量の騒音をまきちらす右翼の街宣車こそ遠ざけられたものの、多数の右翼団体構成員が私たちのデモ行動に並行してつきまとい、デモの参加者に対してたびたび暴行をふるい、参加者の持っていた横断幕やプラカードを強奪し破壊しました。また、私たちの宣伝カーに対しても暴行を繰り返しました。多数の右翼団体構成員が自由にデモコースの車道に入り込み、なおかつ、公安警察官がそれを抑止することを一切しないため、一車線と制限されたデモの隊列は著しく狭められ、これに加えて機動隊の左右からの厳しい規制により、集団行動による意思表示の目的を達することが極めて困難なものとなりました。

今年は、敗戦70年という歴史的な節目であるとともに、安倍政権が、ほぼすべての憲法学者や、歴代の内閣法制局長官、法曹関係者らがこぞって憲法違反を指摘する戦争法案を強行しようとしています。自公政権による国会での強行採決もあり、首相の70年談話などに国際的な懸念が高まったことも相まって、政府への批判が厳しくなり政権基盤がゆらいでいます。それに危機感を持つ極右団体も活性化し暴力性を強めています。

2011年8月には右翼団体構成員がデモ隊列に暴力を振るい抑止された現場から、その所持していたと思われるナイフが発見され、2014年4月には右翼がデモコースに隠していた木刀ようの武器を手にしたところで抑止されたという事態も発生しています。右翼暴力団の行動はきわめて危険な状況にありながら、にもかかわらず、公安警察官はそれを見て見ぬふりをしてほとんど規制しようとしません。

集会や集団示威行動においては、まずなによりも参加者の主体的な意志や表現が尊重されねばなりません。しかし、右翼や道路交通等を警備の名目としながら、警察による警備が、集会やデモに対してのみきわめて抑圧的に実施される状況が拡大しています。右翼団体のかきたてる騒音と警察官らの拡声器により、集会やデモの表現が圧殺されるような事態が頻発しています。

私たちはこのような事態を繰り返すことなく、思想・信条の自由、表現の自由という権利を街頭で安全に行使していくために、またそのことを前提に集まってくる参加者の安全を守るために、再度、貴職に対し、以下を強く要請します。

1.右翼のデモ参加者に対する威嚇・妨害行為に対して、警察は厳正に当たること
・右翼に実行委員会のいかなる情報も流さないこと。
・右翼の街宣車をデモコースに配置させないこと。
・右翼団体構成員によるデモ参加者へのつきまといや暴行をさせないこと。

2.集会会場付近での参加者の監視行動や、デモ時、デモ参加者の写真やビデオ撮影を行わないこと。
デモ隊前後の警察車両からビデオ撮影をしないこと。肖像権侵害は違法行為であるとの認識を周知徹底すること。

3.機動隊の指揮官車を、デモ宣伝カーの前につけないこと
デモを指揮するのは警察ではないという認識を周知徹底すること。指揮官車はデモを監視しているようにしか受け取れない。

4.デモ参加者への規制および大音量でデモの示威行為を妨害しないこと
早く歩くように指示したり、デモの後ろから押したりしないこと。不当に左右から挟み込んだり圧縮しないこと。また、大音量によるデモ行進の告知をしないこと。デモ行進は一目瞭然であって告知は不要であり、大音量のアナウンスはデモの示威行為を妨害している。

以上

2015.8.15行動【集会案内】「戦後レジーム」の70年を問う! 7・8月行動

今年(2015年)の8.15反靖国行動は、集会とデモを別々にやるよ!

 

【7.26講演集会】
テーマ:米国の世界戦略と象徴天皇制国家
講 師:田中利幸さん(「8・6ヒロシマ平和のつどい 2015」代表)
[日 時] 7月26日(日) 13:15開場/13:30開始
[会 場] 全水道会館 4F大会議室(JR水道橋駅東口3分)
【8.15反「靖国」デモ】
[日 時] 8月15日(土)15:00集合/16:00デモ出発
[集合場所] スペースたんぽぽ(水道橋駅5分・たんぽぽ舎4F)

 

「戦後レジームからの脱却」を掲げ、戦争国家へ暴走する安倍政権。

私たちの8.15行動は、天皇制国家の植民地支配・戦争責任と象徴天皇制の戦後責任を追求し、国家による「戦没者」の慰霊・追悼を批判し続けてきました。戦争・戦後責任を果たさず、誤魔化し糊塗しようとしているものこそ「戦後レジーム」です。
敗戦後70年の今年、私たちは「『戦後レジーム』の70年を問う!
7・8月行動」として、まったく逆方向へ向けて「戦後レジーム」の脱却を目論む安倍政権を真っ向から批判する行動に取り組みます。集会(7月26日)とデモ(8月15日)にぜひご参加下さい!
主催:「戦後レジーム」の70年を問う7・8月行動実行委員会
【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/研究所テオリア/立川自衛隊監視テント村/
反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国解体企画/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

2015.8.15行動【よびかけ】「戦後レジーム」の70年を問う 7・8月行動実行委員会へのよびかけ

敗戦七〇年の今年五月二六日、天皇夫婦は、東京大空襲の被害者の遺骨が納められている東京都慰霊堂(墨田区)への追悼セレモニーに出かけた。これは一九九五年の敗戦五〇年の「慰霊巡行」以来のことである。天皇夫婦は昨年、沖縄、長崎、広島を訪問している。敗戦六〇年(二〇〇五年)には、かつて日本が侵略し植民地支配をし続けた激戦地サイパン訪問をしたが、天皇夫婦は今年、もう一つの激戦地パラオへの「慰霊巡行」にも出かけている(四月八日〜九日)。

戦後の節目の年に、なぜ天皇は、こういった大量の戦死者たちへの追悼セレモニーの政治を繰り返し、「平和天皇」をアピールしてみせるのであろう。それは天皇の軍隊(戦争)がつくりだした戦争被害、その結果に対する戦争責任をまったく取らないで、占領した米国の力をかりて延命した天皇制国家の責任を隠蔽し続けるためである。そしてそれは、侵略戦争がもたらした死をひたすら「平和」のための「尊い犠牲」という倒錯した認識の方へ、人々の意識を逆転させるための政治セレモニーでもあるのだ。

これは、安全保障関連法案の一括国会審議に入っている安倍晋三政権が、「集団的自衛権」を行使し米軍とともにグローバルに戦争する軍隊に自衛隊を再編する法案を軸に、戦後国家・社会の全面軍事化へ向けて暴走し、平和憲法を全面破壊しながら、それを平然と「積極的平和主義」と名づけ続けている姿勢と対応している。これは、「平和・安全」の名の下に、自衛官を戦地に派遣し、殺し殺させる関係に入ることを強制するものである。

安倍にとって〈戦争〉が〈平和〉であるなら、天皇にとっても同様である。両者は戦争国家の役割を分担し合っているにすぎないのだ。

島ぐるみで、ノーの声をあげている沖縄に対して、辺野古に新米軍基地づくりを暴力的に強行している論理もそれだ。米軍基地は「平和のための抑止力」として不可欠という主張だ。空に地上に海に、終わりなき放射能被害を拡大し続けている福島原発事故後の今、原発再稼働へ向かう安倍政権の論理もそうだ。「平和利用」のための核は「安全」という論理である。もちろん、そこにはプルトニウム生産システムを手放すまいという核兵器への意志も潜在していることは明白である。核大国・軍事強国日本づくりが、「世界平和」への道だという、信じがたい詭弁に満ちた強弁を、まかり通そうとしているのだ。

こうした方向を、安倍政権は「戦後レジームからの脱却」と名づけている。その政治のステップとして安倍首相は八月に「安倍談話」なるものを準備している。世界が注視しているそれは、敗戦五〇年(一九九五年)の村山談話における「侵略」と「植民地支配」への「反省と謝罪」という内容を否定し、「未来志向」の名の下に「強国化」の主張が盛り込まれるだろう。

私たちは、こうした安倍政治と全面的に対決しぬく「7・8月行動」をつくりだすための実行委員会づくりに向かう。私たちの、安倍政権の「戦後レジームからの脱却」の政治に立ちむかう思想的〈原点〉とは、単純に「村山談話」の防衛などではない。「反省と謝罪」の村山談話は、談話発表直後の「天皇には戦争責任はない」という村山の記者会見での発言とセットで考えられるべきである。

首都東京をはじめとする大都市、そして地方都市の空爆。住民の四人に一人は被害者となったといわれる沖縄戦。さらには広島・長崎への原爆投下による大量殺傷の被害。これらは、天皇制国家の開始した戦争、植民地支配と侵略戦争によってもたらされたものである。それらの被害が戦争末期に集中していることは、それらがみな「国体護持」(天皇制の延命)のための時間かせぎの間にもたらされた惨劇である事実を、明らかにしている。

天皇制国家の戦争責任、それを取らないことで成立したアメリカじかけの象徴天皇制国家の戦後責任を問い続ける。これこそが敗戦七〇年の今も私たちの運動の思想的原点である。八・一五の政府主催の戦没者追悼式典と首相・閣僚の靖国神社参拝に反対するのも、その視点からである。戦争責任の主役である天皇と国家のリーダーたちが戦死者を追悼し「平和」を語ること自体が政治的欺瞞である。彼らには、その資格はない。

敗戦七〇年の今年は、広島、長崎の被爆七〇年の年でもある。私たちは、今年は「8・6ヒロシマ平和の集い2015」とむすびながら運動をつくっていく。

積極的に参加・賛同されんことを!

「戦後レジーム」の70年を問う 7・8月行動実行委員会

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国解体企画/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

2015.4.28-29行動【報告】敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ4・29反「昭和の日」行動 報告

いま「戦後七〇年」を名目として、国家の枠組みと歴史認識が大きく書き換えられようとしている。安倍グループを中心とする自公政権は、彼らが言うところの「戦後レジーム」を否定し、改憲と軍拡による国家主義体制の構築をいよいよ加速させている。

また天皇明仁らは、これまでにも、外交と慰霊にかかわる国家儀礼を中心に「国事行為」の領域を広げてきていた。昨年は、広島や長崎、沖縄などで「慰霊」を実施したが、今年の四月にはパラオ共和国を訪問し「戦没者慰霊」行為を実施した。パラオをはじめとする南洋の各地は、第一次大戦後に大日本帝国が獲得した、国際連盟の「委任統治」という名の植民地だが、この「慰霊」訪問に際して天皇らはその事実に全く触れることなく、戦争と植民地責任を隠蔽した。これは、安倍らによって進められている全社会的改変を、強くバックアップする明確な政治的行為であった。しかし、ほとんどすべての政党や政治勢力はもちろん、メディアも、さらに安倍政権を批判する人びとの多くもまた、この問題に口をつぐんだ。

この状況を批判するべく、私たちの今回の実行委の活動は、反安保実行委員会との共闘により展開された。反安保実との共同行動はここ数年来つづいており、日米安保体制により日本国家の「戦後」の枠組みを決定づけたサンフランシスコ講和条約が発効した四月二八日と、大日本帝国と「象徴天皇制」をつなぐ昭和天皇の誕生日に制定された四月二九日「昭和の日」に向けて取り組まれている。

四月一二日、水道橋の韓国YMCAにおいて実施された集会「天皇のパラオ『慰霊』の旅 責任隠蔽儀礼を許すな! 殺し殺されるということ」においては、文学者の彦坂諦さんにより、「加害者と被害者」「支配者と被統治者」の関係を視えなくさせる国家の仕組みが厳しく指弾され、約五〇名の参加者を交えて活発な議論がなされた。

四月二八日には、千駄ヶ谷区民会館において「占領・『復帰』そして現在 沖縄基地問題から見た戦後七〇年」と題して、高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)により講演がなされた。高里さんは、大日本帝国の戦争のため捨石として全島あげての強制的な徴用がなされた沖縄戦と、戦後は米軍基地の礎とされ続けている歴史を重ねて批判(講演要旨参照)。七五名を集めたこの集会では、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、有事立法・治安弾圧を許すな!北部集会実行委員会、日韓民衆連帯全国ネットワーク、福島原発事故緊急会議からも、連帯アピールがなされた。

今回の連続行動の締めくくりとして、四月二九日には、「象徴天皇制の七〇年を撃つ 四・二九 反『昭和の日』行動」が新宿柏木公園を出発地とするデモとして取り組まれた。今回のデモにおいては、沖縄の辺野古基地建設において海上保安庁や警察に護られつつ、JVとして中心的な役割を果たしている大成建設への抗議行動も実施した。大成建設は戦前には大倉組として数々の国策事業を推進した過去も持つ。前段集会で、実行委からの前日の集会報告に続き、自由と生存のメーデー、反五輪の会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会などからの連帯アピールを受けた後、約一〇〇名の参加者は、「昭和の日」、辺野古基地建設などに反対するコールを高らかに上げながら、新宿を一周するデモを展開した。

「敗戦七〇年と象徴天皇制の七〇年を撃つ」取り組みは、反「紀元節」闘争、そして今回の連続行動として展開されてきた。今回の実行委員会としては一区切りとなるが、もちろん、これはまだまだより大きな闘いへと重ねられていかなければならない。国会においては、憲法九条の原理的な枠組みも、歴代内閣による制約もすべて取り払い、ときの政府による恣意的な解釈により、自衛隊を米軍とともに臨戦態勢へと対応させられようとしている。「戦争は平和である、自由は屈従である、無知は力である」(G・オーウェル)という異様きわまる世界の解釈が、平然とまかり通っている。

さらに安倍は、米国議会そして米軍に対する媚びへつらいと欺瞞に満ちた米連邦議会演説を経て、侵略と戦争への責任をないがしろにする「戦後七〇年談話」を準備中であるとされる。私たちは、今回の行動を通じた人びととのつながりをもって、これら全体と闘う今夏の行動への準備にもとりかかっている。多くの人々とともに、よりいっそう強く幅広い闘いをかちとっていきたいと心から希む。

(蝙蝠)

2015.4.28-29行動【集会案内】4.28-29「安保・沖縄・天皇制」を問う連続行動

4月28日(沖縄デー)と29日(「昭和の日」=ヒロヒトの誕生日)の連続行動のご案内です。

現在の辺野古新基地建設をめぐるヤマト政府の姿勢は、講和条約の発効の日(沖縄切り捨ての日)から連続しています。

敗戦後70年の今年、沖縄の基地問題(=ヤマト政府の沖縄差別問題)を歴史的に振り返り、今現在の問題を考えます。

ぜひご参加下さい。

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4/28沖縄デー集会
占領・「復帰」そして現在(いま)
沖縄基地問題からみた戦後70年

[講 師] 高里鈴代さん
(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)
[日 時] 4月28日(火)18:00開場/18:30開始
[会 場] 千駄ヶ谷区民会館 1F会議室(JR原宿駅6分)
http://www.j-theravada.net/tizu-sendagaya.html

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4/29 反「昭和の日」デモ
敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ
4・29反「昭和の日」行動

[日 時] 4月29日(水・休)13:00集合/14:00デモ出発
[集合場所] 柏木公園(西新宿)
http://chizuz.com/map/map95457.html

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■現在、沖縄・辺野古で繰り広げられている海上保安庁職員や県警機動隊による基地建設反対住民に対するひどい暴力の数々。
その背景には、近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史がある。

■天皇制国家の侵略・植民地支配・戦争といった負の歴史を総括して歩み出すべき講和条約発効の日(4月28日)が、しかし、「切り詰めた」補償と戦争責任の曖昧化、日本列島の米軍基地化の継続、そしてその一環として沖縄の「切り捨て」の日となってしまった。

■こうした「誤った戦後のスタート」を直視し、あるべき「負の歴史の総括」を求めて、今年も4・28「沖縄デー」と4・29の「昭和の日」を、「安保・沖縄・天皇制」を問う連続行動として取り組む。

[共催]
●敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ 4.29反「昭和の日」行動【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

●反安保実行委員会

2015.4.28-29行動【集会案内】天皇のパラオ「慰霊」の旅⇒責任隠蔽儀礼を許すな!4.12集会――殺し殺されるということ

[日 時] 2015年4月12日(日) 14:15開場
[会 場] 韓国YMCA 302会議室(JR水道橋駅6分/地下鉄神保町駅7分)
[講 師] 彦坂諦さん(文学者/近著『文学をとおして戦争と人間を考える』)

■今年4月8~9日、天皇・皇后はパラオ共和国を公式訪問し、太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島を訪れる。多くの日本兵・米兵が戦争で殺しあった島だ。

■その目的は戦争で死んだ日本(皇軍)兵士の「慰霊」。そこでは、誰が起こした何のための戦争であったかは問われることはない。また、1万人を超える兵士の具体的な死に様が思い起こされることもない。逆に、天皇制の戦争責任と個々の兵士の具体的な死の実相を隠蔽するための「慰霊」なのだ。

■敗戦から70年。天皇による「慰霊」という政治が隠そうとする戦争責任と戦場における殺戮と死の実態を、兵士の視点から考える――そういう集会にしたい。

ぜひご参加を!

[共催]
●敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ 4.29反「昭和の日」行動
【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会
●反安保実行委員会