2015.4.28-29行動【よびかけ】敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ 4・29反「昭和の日」行動実行委員会へのよびかけ

安倍政権による昨年七月の「集団的自衛権」行使容認の閣議決定にともない、戦争を遂行するために必要な関連法案の「改正」の準備が急ピッチですすんでいる。国会では、安倍首相の戦争挑発外交の結果としておこった「イスラム国」(IS)による日本人殺害をも利用して、自衛隊の強化と海外派兵の拡大、現行法の改正で、海外における「邦人人質救出作戦」が可能であるかのような議論さえなされている。そしてそれは、「他国軍の後方支援」、すなわち日米ガイドライン改定に対応して、米軍と一体となって世界のどこにでも随時派兵を可能とする恒久法の制定へと向かおうとしているのだ。

安倍は、二月一二日の施政方針演説において、「祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、お亡くなりになった、こうした尊い犠牲の上に、私たちの現在の平和があります。/平和国家としての歩みは、これからも決して変わることはありません。国際情勢が激変する中で、その歩みを更に力強いものとする。国民の命と幸せな暮らしは、断固として守り抜く。そのために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする安全保障法制の整備を進めてまいります」という。そして「『積極的平和主義』の旗を一掃高く掲げ、日本が世界から信頼される国となる。戦後七十年にふさわしい一年としていきたい」と宣言する。ここにあるのは、「祖国」のために死ぬことを賛美し、その点において過去の戦争と今後の戦争とを、ストレートに結びつけて恥じない姿勢である。そして安倍は「基軸は日米同盟であります」と強調し、「引き続き沖縄の方々の理解を得る努力を続けながら、名護市辺野古沖への移設を進めてまいります」と明言している。

いま、辺野古現地における、海上保安庁職員や県警機動隊による住民に対するひどい暴力の数々が、毎日のように伝えられている。「これ以上示しようのない」民意を明確に示した沖縄の人びとに対して、露骨な暴力をふるい続けることによって、辺野古や高江などへの新基地建設を強行しようというこの安倍政権の姿勢は、こうした「基軸」としての日米同盟の戦略的要請にもとづいていることは明らかだ。

しかしそれだけではない。その暴力は、近代日本国家が歴史的に沖縄に対してふるい続けてきた植民地主義的な暴力の、現在的な発動としてあることも、また明らかである。

アイヌモシリ統合と並んで近代天皇制国家の出発点をなす「琉球処分」、沖縄差別・収奪政策、「皇民化」政策から沖縄戦、米軍支配と「本土」からの切り捨て、「復帰」による再統合と安保前線基地化といった歴史は、そのまま日本による沖縄支配の歴史であり、その一貫した持続であった。そして、北海道・沖縄に始まる植民地主義の拡大は、東アジアへと拡大し、アジア・太平洋戦争へと至る、植民地支配と侵略戦争に行きつき、アジア・太平洋と日本の民衆に大量の被害と死者を生み出すこととなった。

いうまでもなく天皇ヒロヒトは、沖縄における米軍支配を引き続き希望した「天皇メッセージ」に明らかなように、日米安保体制の成立と沖縄「切り捨て」に直接の責任を負っている。一方、その代を次いだアキヒト天皇は、父親にまとわりついていた歴史的な負性を「解消」させるかのように、沖縄への思いをことあるごとに口にし、「慰霊」を繰り返してきた。しかしそれは、日米の前線基地におかれる沖縄において噴出する人びとの怒りをなだめ、矛盾を隠蔽して「日本」に再び包摂する政治的機能を果たすもにほかならないのだ。

私たちは、今年も4・28「沖縄デー」と4・29の「昭和の日」を、反安保を闘う仲間とともに、こうした歴史性をふまえて「天皇制と沖縄」を問う連続行動として、集会とデモに取り組んでいきたいと考えている。アキヒト天皇は、4月8日にアジア太平洋戦争における激戦地・パラオを訪問し、ペリリュー島にある慰霊碑を訪問する予定になっている。この地において、日米両軍に大量の戦死者が出、多くの遺骨がそのままになっている。さきの施政方針演説において安倍は、「国のために戦った方は、国籍を超えて、敬意を表さなければならない」「今も異国の地に眠るたくさんの御遺骨に、一日も早く、祖国へと御帰還いただきたい」などと述べていた。敗戦から七〇年、戦争国家の道を突き進む安倍政権の政治において、天皇のこの「慰霊」の儀式は、死者の「追悼」から国のための死の顕彰へとつながって行かざるをえないのである。

こうした「敗戦七〇年の天皇制」批判という課題と結びつけながら、4・29反「昭和の日」の行動を作りだしていきたい。多くの人びとの参加と協力を!

敗戦70年:象徴天皇制の70年を撃つ 4・29反「昭和の日」行動実行委員会

【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

2015.2.11行動【報告】敗戦70年と象徴天皇制の70年を撃つ 2・11反「紀元節」行動報告

安倍首相が中東を歴訪し、「イスラム国」(IS)を挑発した結果としておきた日本人拘束と殺害、そして沖縄では辺野古基地建設における、なりふり構わぬ日本国家による暴力の行使。「戦争ができる国」ではなく「戦争をする国」の道を猛進している政治的状況。こうした中で私たちは、二月一一日、「建国記念の日」を迎えた。この日安倍首相は「建国記念の日」を記念し、改憲をめざすメッセージを出し、神社本庁や日本会議など右派勢力は、明治神宮会館で「日本の建国を祝う会」を行った。
私たちは、今年の反天皇制運動の集会とデモの最初の取り組みとして、千駄ヶ谷区民会館で「敗戦70年と象徴天皇制の70年を撃つ 2・11反「『紀元節』行動」をおこなった(参加者一三〇人)。

私たちの集会は、主催者による基調発言の後、「侵略」上映委員会の森正孝さんから「安倍極右政権の歴史改ざん主義と中国脅威論」というテーマで、九〇分にわたって講演をしていただいた。
森さんのお話は、「戦後七〇年」にむけて準備されている「安倍談話」がねらう歴史の改ざん(軍隊慰安婦と南京大虐殺の否定)、積極平和主義の名による積極的武力主義の一体化した攻撃について指摘。いわゆる「中国脅威論」の問題について批判するものだった。

続いて連帯アピールが、三・一独立運動九六周年集会実行委員会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、福島原発事故緊急会議、警察の人権侵害を許さない会などから行われ、渋谷に向けてデモに移った。

……ここまでは、いつもの集会報告だが、今回、右翼と権力による集会への介入と破壊策動が、また新たに段階を画したことを報告せねばならない。具体的には右翼による脅迫状と、デモでの逮捕弾圧である。

今回、天皇主義右翼「大行社」は、直前に実行委の参加団体に対して、「天皇制批判のパペット」をやめろ、などとする「申し入れ書」を送り付けてきた。その「申し入れ書」は、「言論・表現の自由」は一般的に認めながら、その「節度」を問うというものとなっている。しかしそれが明らかな脅迫であるのは、当日のデモを監視し、そのような「侮辱表現」があれば、それを「一時的にお預かりする」という点であきらかである。8・15をはじめとするこの間の反天皇制運動のデモに参加された方なら実感されるであろうが、天皇主義右翼による攻撃は、彼らが「侮辱表現」とみなすものにのみ向けられているのではない。それは「一時的にお預かりする」などという「上品」なものではないのだ。彼らが強奪する対象は横断幕やプラカードなどの表現全般、デモ隊への突入や物の投げつけなど、デモそのものが襲撃の対象となっているのだ。これは「シャルリー・エブド事件」における「表現の自由」と「テロ」という問題を想起させるし、彼らもおそらくそれを十分意識していたのではないか。むろん、集会とデモを防衛し、権力批判・天皇制批判の自由を安全に行使するうえでも、われわれとしては、一人でも多くの参加者に結集していただく以外に道はない。そのことに今回、私たちはいっそう努力することになった。当日、とりわけ渋谷では、デモ破壊をねらう街宣右翼が何度も突入を試みが、くだんの団体は、監視以上の行動はなかったようだ。

一方、事前にこの団体による脅迫をも察知していたであろう警視庁は、集会場に向うルートで、検問めいた体制をしき、デモ出発の時点から過剰な規制と大量のビデオ撮影を強行してきた。右翼の攻撃を口実に、デモを不当に規制するのはいつものことだが、今回、赤ジャケットを着た公安警察と思われる部隊がデモに並走して違法撮影をし、しかもデモ隊の中に堂々と入ってくる。これら挑発行為にたいして、原則的に抗議をするのは当然のことである。しかし、この抗議の過程で、仲間の一人が一方的に押し倒され、「公務執行妨害」で逮捕されてしまった。詳しくは別掲の抗議声明を参照していただきたいが、挑発への反撃に逆上した警察官による、「転び公妨」ですらない、ひどい逮捕である。反天皇制実行委のデモへの弾圧で逮捕者が出たのは、おそらく二〇年ぶりくらいのことだ。

その場で「仲間の不当逮捕を許さない。今すぐ仲間を返せ」という声を上げ、デモについていただいていた監視弁護士
には、すぐに接見要求のため原宿署へ向ってもらって、デモを再開。
解散地点の神宮通公園で集約した後、ただちに原宿警察署に移り、三〇人ほどの有志で激励行動に取り組んだ。その場で救援会の準備をすぐに開始し動き始め、翌日には仲間を、完黙のまま取り戻すことができた。

なにやら今年の波乱を予感させる行動となったが、それも、このあまりにひどい政治状況が確実に反映しているであろう。「敗戦七〇年」の今年、私たちは、さまざまな分野で安倍政権との対決に取り組んでいる人びとと、連携を模索しつつ行動を作っていきたい。私たちは、すでに四月二九日の反「昭和の日」行動の準備に入っているが、例年通り、反安保実行委との共催で4・28-29連続行動」という形で集会とデモに取り組んでいきたいと考えている。引き続き、多くの方の参加と協力を訴えます。

(北野誉)