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2015.2.11行動【連帯アピール】第49回なくせ!建国記念の日・許すな!靖国国営化 2.11東京集会に参加されている皆さんへ

第49回 なくせ!建国記念の日・許すな!靖国国営化 2.11東京集会に参加されている皆さん

 

今年も、私たち2・11反「紀元節」行動は、皆さんと同じ時間帯に、東京・原宿で集会を行い、渋谷へのデモに向かいます。

今回のISによる日本人拘束事件とその結果が明らかにしたことは、安倍政権のすすめる政治が明確な戦争挑発であり、そしてその国家の目的のためには、人びとの命を差し出すことに何のためらいも持たないということでした。安倍はこの事件を奇貨として、海外派兵の拡大、九条改憲を口にしています。安倍政権の暴力性は、沖縄辺野古の新基地建設反対運動参加者に対する、人命に関わるような弾圧にも現れています。

こうした安倍政権の政治に対して、それを危惧し、反対する行動が高まってきています。今日行われる二つの集会とデモも、そうした大きな流れの中にあることを確認したいと思います。

安倍政権の戦争政策が必然的に招き寄せている、新たな戦争による死者の発生、そしてそれを追悼・顕彰することで、戦争を正当化し動員していくことが、始まろうとしています。今日の皆さんの集会がテーマとしている靖国と戦争の問題は、私たちもまた、八月に向けて、今年一年間のテーマとして追求していきたいと思います。ともにがんばりましょう。

2015年2月11日

敗戦70年と象徴天皇制の70年を撃つ2・11反「紀元節」行動

2015.2.11行動【基調】敗戦70年と象徴天皇制の70年を撃つ2・11反「紀元節」行動集会基調

1 安倍政権と敗戦七〇年

今年も天皇神話に基づく「建国記念の日」(「紀元節」)を、天皇制に反対する行動の幕開けとして迎えた。一方、これも例年どおりだが、神社本庁や「日本会議」など「日本の建国を祝う会」も「奉祝式典」を行った。この「国民の祝日」の制定は一九六六年(施行一九六七年)のことで、敗戦後初の、神権天皇制的な価値を法的に整備したものだった。政府はその後も「元号」「日の丸・君が代」の法制化など、一貫して天皇制強化をはかってきている。

日本の戦後が、植民地支配と侵略戦争の最高責任者であった天皇を免責し、象徴天皇制として始まったこと。あるいは戦争・戦後責任の基本である賠償すらまともに果たさず、そればかりか戦争特需で経済大国の道をひらいた日本の「戦後復興」について。そして、米国の軍事力の傘下に入ることを自ら選択し、沖縄を売り渡し、A級戦犯を総理に据えつつ、米軍従属の軍事・原発大国となった現在まで続く戦後史。敗戦七〇年は、こういったところから始まるはずである。

しかし、敗戦七〇年、日韓条約締結から五〇年でもある今年を大きな節目(チャンス)と捉える政府は、侵略戦争・植民地支配に対する責任は決済ズミとし、天皇とマスコミを最大限利用しつつ、政府にとって不都合なことには蓋をしてしまい、さらなる戦争国家へとその動きを加速させるであろう。

二〇一四年一二月、第三次安倍政権が最低の投票率で成立し、安倍は首相就任早々、改憲への意欲を表明した。実際は、集団的自衛権行使の容認や、武器輸出三原則にとって代わる「防衛装備移転三原則」導入等によって、すでに九条は事実上骨抜きの状態となっている。教育現場では、道徳教育、教科書検定、教育委員会等々、政府の意向通りの再編が繰り返され、教科書から「従軍慰安婦」「強制連行」という言葉が削除される事態もさらに進行している。まさに「戦争は教室から始まる」という事態にある。

河野・村山談話を踏襲「する・しない」で二転三転を繰り返している、今年八月に出すという「談話」についても、安倍は今年に入り、踏襲ではなく「安倍政権としてこの七〇年をどう考えているかという観点から出したい」との見解を述べた。もともと河野談話を覆すための談話であり、本音はいずれも「継承しない」なのだ。安倍の言う「未来志向」の談話とは、侵略戦争への無反省と「積極的平和主義」という名の新たな戦争のためのものでしかない。厳しい監視と抗議の準備を!

また、『朝日新聞』による「吉田証言」取り消しと謝罪報道を、安倍たちは「従軍慰安婦」問題そのものをなきものとしようとするための言論づくりに利用し尽した。世界では通用しないこれらの言論も、国内メディアで大手を振っている。言論統制の手法はメディアの人事にまで介入し、NHKはいまや政府広報機関として位置づけ直され、すでにその報道に大きな影響が現れている。民放においても、その幹部と定期的に会食を繰り返すなど、メディアへの介入、言論統制と、ファシズム国家への暴走が続いている。

二〇一三年一二月の安倍靖国参拝は国内外で大きな問題となったが、その後も、一〇〇名を超える国会議員や閣僚の参拝は引き続き行われ、安倍本人も玉串料や真榊の奉納を続けている。侵略戦争や植民地支配の歴史と、その歴史に対する謝罪や補償の正当性について教えないばかりか、歴史や事実の捏造・隠蔽に疑問を挟ませない、上意下達方式の教育が横行するのは、侵略戦争肯定の靖国を信奉する国家主義者たちが議会の大半を占め、その体制を日本社会が許していることの結果でしかない。

沖縄においては、衆院選直前、沖縄辺野古基地建設の是非をめぐる沖縄県知事選が闘われ、この選挙でも基地建設反対派が勝利し、「基地はいらない」の民意が示された。しかし、第三次安倍政権成立と同時に、政府は基地建設の強行に出た。日本政府の暴挙と闘う現地の人々からは報告や呼びかけが発信されるが、本土のメディアからそれらを得ることはできない。このメディアのありようは、安倍政権下の影響もさることながら、再度の安倍政権を作りだし、沖縄への基地押しつけの歴史と現実に無関心な社会の反映でもある。このことを忘れるわけにはいかない。

福島原発事故から四年、政府は被災者を切り捨て、犯罪的な原発輸出と再稼働に力を注ぎ続けている。あるいは防衛費を増やし福祉予算を削減した。富裕層のための経済政策でさらに格差を拡大した。そして差別・排外主義をあおり、反テロを合い言葉に「強い国」=戦争国家をめざす。国家主義的な性格をより露骨に出してきた安倍政権と「戦後七〇年」の問題は限りなく大きい。不十分すぎるとはいえ、曲がりなりにも共有されてきた戦後的「平和と民主主義」「人権尊重」という価値を、安倍の目指す国家は一掃する。その安倍政権とそれを支える象徴天皇システム。これらとどう闘っていくのか。ともに考え、声を上げていきたい。

2 日米安保の強化、戦争国家化と沖縄の反基地闘争

安倍首相が銀行や商社、軍事産業など四六社の幹部を引きつれてエジプト、ヨルダン、イスラエルなど中東歴訪を行った。その最中にイスラム国から拘束中の日本人二名と引き換えに二億ドルを要求された。それは偶然ではなく、安倍首相が一月一七日、訪問中のエジプトで「イスラム国対策」のため、イラクやレバノンに二億ドルの支援を表明したからである。難民支援、人道支援と称しているが、昨年から米国主導の有志連合で行っているイスラム国掃討作戦と一体の援助である。それは、安倍首相の「イスラム国の驚異を食い止めるため」との発言で明らかである。拘束されている日本人がいながら、イスラム国を挑発したのだ。さらにイスラエル訪問時にはイスラエルと日本の国旗の前でネタニヤフ首相と連携強化を誓ったのである。まさにイスラム国が言う「イスラム国討伐の十字軍に参加しようとしている」のである。しかし、大手マスコミはほとんどそれを報道せず、安倍首相が人命救助のために総力を挙げているかのような演出に手をかした。また、安倍政権の対応を批判した共産党議員のブログは市民からの批判で炎上し、共産党党首は「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ」と議員を批判した。これを見ても明らかなように「人質事件」以降、一層の挙国一致、翼賛体制が強化されている。安倍政権は「テロには屈しない」との発言を繰り返し、結局人質二名は殺害されるに至った。イスラム国は日本が「勝ち目のない戦いに加わるという無謀な決断」をしたため人質を殺害し、今後も日本人を殺害すると宣言した。そもそも今回の「人質事件」と人質の殺害に至ったのは、安倍政権の「積極的平和主義」の帰結であり、安倍首相にこそ責任がある。戦争国家とはまさに他国、市民からこのような怨嗟や攻撃をもたらすものであり、死者が日常化し、そのたびに戦争国家化、市民の意識変革を含めてすすめられていく。安倍政権は、自衛隊の外国での邦人救出を可能とする法整備や治安管理強化の名目に「事件」を利用しようとしている。

敗戦が必至となった一九四五年二月、近衛文麿は、早期講和を天皇に上奏したが天皇ヒロヒトの「もう一度戦果をあげてからでないと……」との発言によって、凄惨な地上戦である沖縄戦と広島、長崎への原爆投下を引き出し、今も続く甚大な住民被害をもたらした。そして戦後は、自身と天皇制の延命のために「天皇メッセージ」で沖縄を米国に売り渡し、米軍駐留を継続する日米安保条約締結に積極的に動いた。

自民党政権は戦後日本の国体と言える象徴天皇制と日米安保の強化を図ってきた。安倍政権は、中国や朝鮮民主主義人民共和国の脅威を煽りながらより一層日米安保を強化し、日本を「戦争する国」へと転換してきた。

二〇一三年、戦争体制に不可欠な「日本版NSC設置法」と「特定秘密保護法」を強行採決し、防衛大綱などで、より実践的で陸海空三自衛隊が連携する機動力のある攻撃的な自衛隊に改変することを決めた。そして昨年七月一日、九条改憲に等しい集団的自衛権行使容認を国会議論すらせず、閣議決定をするというブルジョア民主主義すら踏みにじる暴挙を行った。

二〇一五年度防衛予算案はその具体化である。四兆九八〇〇億円と過去最大で、一月九日の一四年度補正予算のうち、一五年度に計画していた事業の前倒し分九五〇億円を加えると五兆円の大台を超える。自衛隊を離島「奪還」など攻撃的部隊に改変するための部隊改変と武器などの購入のためである。同様の目的で海上保安庁の予算も前年度比五割増が要求されている。辺野古新基地建設費も前年度当初予算比で八一倍の一七三六億円が計上された。

そしてヤマトにおける米軍の訓練、基地強化も進められている。オスプレイは沖縄だけでなく全土で自治体への事前通告なしで訓練が行われており、岩国基地は普天間基地からのKC130空中空油機が移駐され、今後厚木基地の空母艦載機の転入が計画されるなど数年後には東アジア最大の米軍基地にされようとしている。さらに一二月には米軍経ヶ岬通信所にはXバンドレーダー(高性能早期警戒レーダー)の運用が開始された。そして、今夏にも米原子力潜水艦ロナルド・レーガンが米海軍横須賀基地に配備されようとしている。日本全土が日米同盟の前線基地となろうとしている。

それと一体に経済社会体制も戦争国家に対応するものに転換されている。安倍首相の独裁権力(官僚機構)がつくり出され、大手マスコミ幹部との会食を頻繁に行うなどマスコミの政権翼賛化が進んでいる。既に述べているように、侵略戦争を肯定する歴史観に基づいた教育、教科書へと国家が強権的に介入し、国家にとって役に立たない者は自ら死を選択させる「尊厳死」法制化が目論まれるなど価値観の大転換が行われている。

二〇一四年「武器輸出三原則」を「防衛装備品移転三原則」と言い換えて、武器輸出解禁と武器の国際共同開発を容易にし、戦争、武器で儲ける「死の商人」へと日本の軍事産業を後押ししている。「宇宙基本法」や「原子力基本法」に安全保障という文言が入れられ、軍事利用に道をひらいた。その目的は核燃料サイクル維持、つまり核武装のため以外にはあり得ない。近く成立が目論まれているODA大綱(開発協力大綱)は他国軍への支援を可能にしようとしている。昨年六月、パリで行われた陸上兵器の国際展示会「ユーロサトリ」に、日本が初めてブースを設け、軍事産業一三社が参加するまでになっている。

そうした安倍政権の戦争国家化と真っ向から対決しているのは沖縄民衆である。昨年の名護市長選、名護市議選、沖縄県知事選、衆議院選で辺野古新基地建設反対派が当選したにも関わらず、普天間基地の辺野古移設が「唯一の解決策」「粛々とすすめたい」と県知事選直後に海底ボーリング調査を再開しようとするなど基地建設反対の沖縄の民意を切り捨てた。さらに翁長県知事の面会要請を安倍首相も菅官房長官も拒否し、沖縄振興策を減額するという露骨な締め付けを行っている。沖縄民衆は安倍首相が海保や警察を恫喝して強権的、暴力的な基地建設をすすめる姿勢にたいして、沖縄を植民地と扱う「宗主国」のやり方だと反ヤマト意識を高揚させ、基地建設反対闘争への結集を強めている。東村高江のオスプレイパッド建設に反対する住民を排除するために日米共同使用の路側帯を米軍専用に区域にするなど強行姿勢は辺野古にとどまらない。安倍政権の工事強行は沖縄民衆の結びつきを強め、基地建設阻止の闘いを強めることにしかならない。与那国でも「自衛隊基地建設」を問う住民投票が二月に行われる。

安倍政権が総力をかける日米安保を基本にする戦争体制、沖縄のさらなる前線基地化を止めているのは沖縄民衆の闘いである。問われているのはヤマトの労働者、市民の反戦、反天皇制に貫かれた民主主義であり、日米安保破棄、日米ガイドライン改定阻止、辺野古新基地建設阻止の闘いである。

3 安倍政権と天皇制

すでに述べてきたように、安倍政権による「戦後民主主義国家」の枠組の根底からの解体、とりわけその強権的な政治手法に対して、人びとの間で危機感が大きく広がり、安倍批判の声が高まっている。しかし他方で、安倍と比較して「天皇のリベラルさ」が強調され、それに期待を寄せる言論が組織されていることに、われわれは批判的に注目せざるを得ない。

今年の年頭に当たり、天皇は宮内庁を通じて感想を公表した。そこでは「終戦から七〇年という節目の年……この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なこと」と述べていた。これに対したとえば、元朝日新聞のコラムニスト・早野透は、それは「日本国民よ、満州事変から敗戦まで一五年間の戦争の歴史を十分に学んでいないのではないか、ここでもう一度、日本のあり方がこれでいいのかどうか考えてみようよ、と呼び掛けているように思える」「昨今の日本政治に平和国家日本のかげりを感じとって、日本のあり方を考えることが「今、極めて大切なこと」とあえて言及したのではないか。これから戦争をいささかでも肯定するような動きが起きないか、心配しておられるのではないか」と書いている。

同様の発言が、この間多くの言論人によってなされている。これら天皇発言のなかに、個人としての天皇の気持ちがどれほど反映されているかは知らないが、安倍の政治路線と齟齬を来しているとみえる部分も確かにあるだろう。しかしそれはむしろ、天皇の発言であることによって、現実の支配体制を別の面から支える政治的な機能を果すものであることが、もっと指摘されなければならない。

現在の天皇の大きな「仕事」のひとつとしてあるのは、戦争の被害者、さまざまな災害や事故の被害者や死者に「寄り添い」、被害者を「慰撫」したり「追悼」してみせたりすることだ。しかし、8・15「全国戦没者追悼式」は、日本国家の戦争責任を覆い隠し、戦争の死者を国家による被害者ではなく戦後日本の「平和の礎」として賛美するものである。とりわけ、日本が「戦争ができる国家」から「戦争をする国家」へと全面的な転換を果そうとしている現在、新たな「戦死者」が生みだされる可能性はきわめて高くなっている。靖国神社や無宗教の国立追悼施設をめぐる論議もさまざまにあるが、戦争の死者を、殺し殺させる国家の側がいかに意味づけ取り込んでいくかが、鋭く問われてこざるを得ない。

また、3・11「東日本大震災追悼式典」は、多くの震災の死者を盾にして、この日を「国策」としての原発政策の帰結としてあった原発事故と切り離し、国家の原発事故責任を覆い隠す政府のイベントである。そこで謳い上げられる「復興」とは、被災者を切り捨て、原発再稼働さえすすめるためのものでしかない。天皇は、こうした「国民的」な儀式に不可欠の道具立てとして、その役割を果しているのだ。

現在、安倍政権が進めようとしている労働法制改悪、社会保障切り捨て、法人税切り下げ・消費税増税、インフレ政策など、新自由主義的「アベノミクス」は、一部富裕層に富をますます偏在させ、他方に貧困を蓄積させて社会的格差をいっそう拡大していく政策である。こうした中で、社会的統合に亀裂が生じていることは明らかである。ここで機能としての象徴天皇制に期待されている役割とは、こうした亀裂を、観念的に修復していくことである。それは、「国民統合の象徴」とされる立場からいっても明らかなことである。

しかし、天皇制というのは日本国家におけるひとつの制度である。日本国家がもたらし、もたらそうとしている被害や生きづらさを、日本国家が「被害者に寄り添う」という姿で慰撫しようとすることは欺瞞である。日本国家がなすべきことは第一に被害補償であり、そうした事態を生みだす政策を変えていくことでしかない。

「国民統合の象徴」であり続ける天皇は、時どきの日本国家のあり方に対して、その立場から正統性を与え続けている制度だ。しかし、天皇は現実政治から超越しているかのように演出され続け、そこにはまるで「国家を超える別の共同性」が体現されているかのようである。

天皇制は主に国家儀礼的な面で、時の政権とその政治的な役割を分担してきているのである。いま、天皇と安倍との間に齟齬があったとしても、そういう同じ基盤の上にあるのだ。

国家の「イデオロギー装置」であり、ナショナリズムの源泉でもある現代天皇制の役割を見据え、その政治的な行動を批判する運動を進めていこう。

おわりに

反天皇制運動の課題に限っても、われわれは、2・11以降もさまざまなかたちで、取り組むべき課題と向き合うことになる。

まず、三月一一日、この日を「未曾有の国難の日」と位置づける「東日本大震災の日」制定に向けた国会審議の中で、「東日本大震災追悼式典」が行なわれようとしている。再稼働反対、住民切り捨て・ゼネコン主導の「復興」反対、国家の原発推進政策責任を追及する反原発の闘いと結びついた、式典批判の声をあげよう。

四月八日・九日には、天皇はパラオを訪問し、アジア太平洋戦争の激戦地のペリリュー島で「戦没者慰霊」が行なわれる。これは、「戦後七〇年」の節目における天皇の「慰霊・追悼」行事の、一つの目玉となるだろう。国家による「慰霊・追悼」が、戦争責任を回避するロジックとなってしまう構造を、問いただしていきたい。引き続き、四月二八日には、いわゆる「沖縄デー」を、近代天皇制国家による「琉球処分」以来、沖縄戦と米軍支配を経て、現在に到る日本の沖縄への植民地主義的支配を問い返す日として、二九日の「昭和の日」に反対する行動と一連のものとして取り組んでいきたい。

いわゆる皇室「三大行事」についても、五月一七日石川全国植樹祭が、九月二六日〜一〇月六日和歌山国体、一〇月二四日、二五日富山全国豊かな海づくり大会が開かれる予定だ。これは、各地方への天皇・皇族の「行幸啓」行事であり、それぞれの地域でさまざまな人権侵害を引き起こすものである。天皇の行動が必然的に引き起こすこうした人権侵害に反対する声を上げていきたい。
そして、八月一五日の反靖国・「全国戦没者追悼式」反対行動。とりわけ今年は、敗戦七〇年をめぐる言論状況のなかで、いわゆる「安倍談話」をめぐってもすでにあらわれているように、植民地支配と戦争の責任、歴史認識が鋭く問われる年となる。それは同時に、戦後象徴天皇制の総括とも連動して、次なる「Xデー」に向けた平成天皇制の「総仕上げ」のキャンペーンともなるはずだ。

反天皇制運動の立場から、さまざまな意思表示を続けていこう。

二〇一五年二月一一日

2014.8.15行動【報告】反「靖国」行動:報告と抗議声明

八月一五日に行なわれた「安倍戦争国家の『追悼』を許さない!8・15反『靖国』行動」は、今回も警察の厳しい規制や右翼らによる執拗な妨害を受けましたが、けが人などを出すことなく、安倍政権への抗議や反靖国、反天皇制の声をあげていくことができました。今回の集会への参加者は二二〇名、デモへの参加者は二五〇名を数えました。厳しい時代状況の中、この集会とデモに参加された皆さん、また、ご支援、ご協力いただいた皆さんに、心からお礼を申し上げます。

今回の行動に対する警察の警備により、大騒音をかきたてる右翼団体の大型・小型の街宣車については、集会会場やデモ行動から遠ざけた位置で規制されました。しかし、いつものごとく警察の警備行動は、在特会らのレイシストグループにはその街宣の場所を確保するものであり、さらに、右翼団体構成員らがデモ行動につきまとい暴行することに対しては、きわめて恣意的な判断で、ある程度自由にやらせるという警備が実施されました。

それは、参加者の身体を著しく傷つける暴力を振るおうとすることに対しては一応止めようとするものの、宣伝カーへの攻撃や参加者のもっているプラカードの強奪などは黙認するというものでした。こうした矛盾に満ちた警備体制のもと、多くの右翼が、歩道のみならず車道をデモ隊と並走し、ヘイトスピーチを含む暴言を投げ続けました。この場で現実に繰り広げられたのは、宣伝カーに対する器物損壊であり、デモの横断幕や旗竿・プラカードなどの強奪と破壊であり、これら暴行に伴う「殺せ殺せ」という脅迫であり、参加者に掴みかかって衣服を破ったり、蹴りや殴打を加えるなどの直接的な暴力によるデモ行動の妨害でした。さらにこれは、重装備の若い機動隊員をも怯ませるほどの暴力の行使でもありました。

そして、このような右翼団体構成員による暴力が、警備の警察官によって一旦は抑止されても、暴行を加えた同一人物が公安の私服警察官と談笑しながらデモに並進し、警備の隙を狙っては形相を変え何度もデモ隊列に向かって突進するという醜悪きわまる光景を、私たちは幾度となく目撃し、また、身をもって体験させられました。

大阪府警が刑法犯の認知件数を大幅に過少に報告していたという問題が七月末に明らかになっています。このように警察では、事件捜査においても、証拠や調書の扱いにおいても、統計事実の扱いにおいても、恣意的な権力行使と隠蔽が常習化しています。明白な右翼の暴力を見過ごすことも、これと軌を一にする問題だと言えるでしょう。

私たちのデモもそうですが、近年、数多くの表現や行動が右翼暴力団やネット右翼などのグループによる暴力にさらされています。しかし警察は、その目の前でふるわれている暴力を見過ごして立件しようとせず、かえって、国家に対する異議申し立てを行う運動、右翼の暴力に抗議する運動に対して、厳しい弾圧を実施してきました。公安警察などによる違法なビデオ撮影も、右翼の暴行を撮影するというよりは、一貫してデモ隊の参加者の特定のために行なわれていました。

これらの事実は、日本国憲法における表現の自由を著しく侵害するものです。また、私たちのみならず、右翼や警察官を除くすべての人々においても、警察の行為に不信感を抱かせるものです。八月二〇日、二一日に開催された国連人権高等弁務官事務所における人種差別撤廃委員会においても、レイシストの側を守るかのような警察による権力行使が誤っていることについて、厳しく指弾されています。

私たちは、右翼暴力団、レイシストグループらによるデモ行動への攻撃を許しません。そして、こうした右翼の暴挙をむしろ勧奨するかのような、公安・警備の警察官の行動を強く弾劾します。

2014.4.27-29行動【抗議文】「反『昭和の日』行動実行委員会」による「苦情申出書」

今回の8月15日の行動に対する、右翼暴力団らの妨害はすさまじいものでした。

私たちは、この8月15日の行動にあたり、事前に警察に対して不当に基本的人権を侵害することのないよう申し入れを行い、あわせて、本年4月29日に新宿で行われた「象徴天皇制の戦争・植民地支配責任を撃つ!反『昭和の日』行動」における、右翼暴力団らのデモ隊に対する暴行を是認するかのごとき不当な警備について、苦情申出を行なっています。

今回の右翼暴力団の悪質な攻撃や、それを許す警察の警備態勢に対する抗議を、どのように対応するかについては、現在検討中ですが、以下に、8月8日に東京都公安委員会に向けて提出した、「反『昭和の日』行動実行委員会」による「苦情申出書」を掲載します。

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苦情申出書

東京都公安委員会御中
2014年08月08日

2014年4月29日に、新宿区柏木公園を出発地点とし、同公園を解散地としたデモ行動に対する、警視庁新宿警察署・警視庁四谷警察署の警備課と、警視庁警備部および警視庁公安部による規制に関して、警察法第79条に基づき苦情申出を行う。

1、苦情申出人の氏名

反「昭和の日」行動実行委員会
実行委員 ××××××
東京都××区××××町××-××-×× ×××××
電話/Fax:××(××××)××××

 

2、苦情申出の原因たる職務執行の日時、場所とその概要について

年月日:2014年4月29日
時間: デモ行動 同日15時05分~16時15分ころ
この日、東京都新宿区の柏木公園に集合して「象徴天皇制の戦争・植民地支配責任を撃つ!反『昭和の日』行動」によるデモ行動が、同実行委員会により実施された。
同日の行動には、子どもや老人も参加していた。そして、このことは、申出人らが事前に新宿警察署に赴いて、デモに伴う道路使用許可申請を提出した際に、警備担当者らに対し明確に述べており、警備担当者も知るところであった。
それにもかかわらず、当日の警察官による警備は厳しいものであり、デモ行動への参加者は、行動の最初から最後まで警察官の強い規制に身をさらされ、その思想・信条に基づいた表現が制約された。これに加え、警察官は、指揮官車両や歩道上から、参加者の顔や全身の写真や動画を撮影し続けた。
こうした不適切な警備はこれまでに繰り返されており、デモ行動の申請にあたって、別紙資料を作成し、申し入れを行っているので、これを末尾に添付する。

 

3、苦情申出の原因たる職務執行による不利益と、これにかかわる警察職員の執務の問題点について

この日の苦情申出人らの行動に対し、「警備」の名目のもとに警察官が行った職務執行は、日本国憲法に基づく個人の自由や権利を著しく損なうものであって許されない。
警備・公安警察による不適切な警備行動は、右翼暴力団による暴行や妨害を助長するものであり、これは速やかに糺されねばならない。
近年、右翼団体の排外主義的な政治活動が猖獗をきわめ、それとともに右翼暴力団の構成員らによって、集会やデモの参加者が直接的な暴力にさらされる事態も頻発している。
昨年2013年の4月29日の行動において、苦情申出人らを含む実行委員会は、当初考えていたコース上で、右翼街宣車が定期的に街宣をしているという情報を得たので、参加者の安全を守りつつデモを実施するため、デモの進路を大幅に変更した。しかし、その警備担当者の情報に示唆されて変更したルートのうち、新宿駅周辺においては、ほぼ全面にわたり、あらかじめ右翼暴力団らの大型街宣車が配置されており、デモ行動は強く規制され、アピールの声はかき消され、行動の目的の達成は大きく損なわれた。新宿周辺は、警備当局の意向により、むしろ右翼暴力団の大騒音の街宣の場と変えられたのであった。
このような事実に基づき、今回の行動においては、右翼暴力団の街宣車が苦情申出人らを含む実行委員会の行動を妨害することのないように、事前に強く要請した。しかし、今回の行動においては、右翼暴力団の街宣車こそデモの進路から遠ざけられたものの、右翼団体の構成員らは拡声器等を手にしつつ、デモの最初から解散地に至るまで追尾し、妨害を重ねた。
右翼のあるものは、デモのルートに木刀らしき物体を隠しておき、デモ隊列が通りかかるや、それを手にして襲撃まで企てた。今回は警備の警察官により寸前で抑止されたが、これまでにも、例えば2011年8月には、右翼がナイフを持って襲撃を企てたという前例があり、右翼によるデモ行動への参加者に対する暴力が、どのような形で行使されるかは、もはや予断を許さない事態にある。
このような現実に際して、警察により実施されている警備は、集会やデモを憲法の理念に基づいて保障するものではない。都公安条例に関する最高裁判決は、現在に至るまで続く、警備当局者による恣意的な集団行動の規制を容認した点で、民主主義を実質的に大きく損なっていると考えるが、その判決においても、「公共の安寧の保持を口実にして平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべき」としている。それにもかかわらず警備当局者は、「右翼にも表現の自由がある」とうそぶき、右翼団体構成員が「殺すぞ」などの脅迫と暴力を伴いつつ、歩道や車道上でほしいままに実質的な示威行進と妨害行動をすることを平然と許しながら、苦情申出人らを含む実行委員会による正当なデモ行動を強く抑制し続けている。
表現の自由などの人権は、憲法をはじめとする制度的保障はもちろんだが、その実質的な保障を前提としつつ、社会における具体的な営為によってこそ実現される。苦情申出人らを含む実行委員会による主張と行動は、まさにこれを正しく実現することを求めるものであり、右翼暴力団による暴行を拱手傍観しつつ、それを口実としてひとびとの表現と行動を圧殺しようとする警備は、不法に人権を蹂躙するものに他ならない。公安警察官らによるビデオ撮影も、そのほとんどは右翼による妨害行動を撮影するのではなく、デモ行動の参加者の監視のためにのみ用いられている。これもまた、行動参加者に対する脅迫や萎縮効果をこそ意図したものであり、肖像権を侵害し表現の自由を侵すものである。
警視庁警備部、公安部、そして所轄の警察署による、このような誤った権力行使は、決して繰り返されてはならない。苦情申出人らを含む実行委員会は、思想・信条の自由、表現の自由という権利を実現し、街頭で安全に行使していくために、またそのことを前提に集まってくる参加者の安全を守るために、東京都公安委員会に対し、再び強く要請する。
上記の事態は、憲法上の権利や自由が十分に保障された状況とはほど遠いものであった。それは、警察による適法な警備がなされていなかったことに他ならないと考える。これらについて、適切な調査と改善が早急になされることを求める。
以上、苦情を申出るものである。
別紙
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申入書
警視庁警備部長 殿
警視庁新宿警察署長 殿
警視庁四谷警察署長 殿
反安保実行委員会
反「昭和の日」行動実行委員会
 私たち反安保実行委員会と反「昭和の日」行動実行委員会は、4月29日、「象徴天皇制の戦争・植民地支配責任を撃つ!4・29反『昭和の日』行動」を行うにあたり、これまで私たちが主催したデモの経験を踏まえ、4月29日当日の貴職による警備について、申し入れます。
 近年、右翼団体の排外主義的な政治活動が猖獗をきわめ、それとともに右翼暴力団の構成員らによって、集会やデモの参加者が直接的な暴力にさらされる事態も頻発しています。
 このような現実に際して、警察により実施される警備は、集会やデモを憲法の理念に基づいて保障するものではありません。それどころか、右翼暴力団が参加者に対してほしいままの暴行をなすことや、轟音による妨害行為を行うことを勧めているに等しいものであり、およそ表現の自由を認める法治国家とは言えない事態です。
 昨年の4月29日には、警備当局・担当者の意向を最大限に斟酌し、デモの進路を大幅に変更しました。しかし、警備担当者に示唆されて変更したルートである新宿中央通りから西新宿二丁目、さらに甲州街道のほぼ全面にわたり、あらかじめ右翼暴力団らの大型街宣車が配置されており、デモ行動は強く規制され、アピールの声はかき消され、行動の目的の達成は大きく損なわれました。新宿周辺が、警備当局の意向により、むしろ右翼暴力団の街宣の場と変えられたことに、私たちは強く抗議するものです。
集会や集団示威行動においては、まずなによりも参加者の主体的な意志や表現が尊重されねばなりません。しかし、右翼や道路交通等を警備の名目としながら、警察による警備が、集会やデモに対してのみきわめて抑圧的に実施される状況が拡大しています。昨年4月29日の事態のように、右翼団体のかきたてる騒音と警察官らの拡声器により、集会やデモの表現が圧殺されるような事態が頻発しています。
 私たちはこのような事態を繰り返すことなく、思想・信条の自由、表現の自由という権利を街頭で安全に行使していくために、またそのことを前提に集まってくる参加者の安全を守るために、再度、貴職に対し、以下を強く要請します。
1.右翼のデモ参加者に対する威嚇・妨害行為に対して、警察は厳正に当たること
・右翼に実行委員会のいかなる情報も流さないこと。
・右翼の街宣車をデモコースに配置させないこと。
・右翼団体構成員によるデモ参加者へのつきまといや暴行をさせないこと。
2.集会会場付近での参加者の監視行動や、デモ時、デモ参加者の写真やビデオ撮影を行わないこと。
デモ隊前後の警察車両からビデオ撮影をしないこと。肖像権侵害は違法行為であるとの認識を周知徹底すること。
3.機動隊の指揮官車を、デモ宣伝カーの前につけないこと
デモを指揮するのは警察ではないという認識を周知徹底すること。指揮官車はデモを監視しているようにしか受け取れない。
4.デモ参加者への規制および大音量でデモの示威行為を妨害しないこと
早く歩くように指示したり、デモの後ろから押したりしないこと。不当に左右から挟み込んだり圧縮しないこと。また、大音量によるデモ行進の告知をしないこと。デモ行進は一目瞭然であって告知は不要であり、大音量のアナウンスはデモの示威行為を妨害している。
以上

2014.8.15行動【宣言】安倍戦争国家の「追悼」を許さない! 8.15反「靖国」行動集会宣言

照り返す太陽と蝉の声、ラジオの前の人々の姿。ラジオから奇妙な声が響く。1945年8月15日の記憶として私たちに繰り返し刷り込まれた光景である。当時の天皇裕仁が連合国に降伏したことを告げた「玉音放送」が流された日。その日が「終戦記念日」と言われるようになり、「戦没者を追悼し平和を記念する日」にすり替えられた。

人々の記憶までも操作し、国家に取り込もうとすることに私たちは断固「NO!」と拒否の声を挙げる。

侵略戦争と植民地支配の責任をとることもなく、謝罪と賠償は未だなされていない。「南京大虐殺」も「従軍慰安婦」も無かったという発言が公然となされる。在日の人々に対するむきだしのヘイトスピーチは国連人権規約委員会から勧告を受けているが、政府は何の対策もとろうとしていない。広島、長崎への原爆投下、沖縄戦など、たくさんの人々を死にいたらしめた戦争へと突き進み、あらゆる局面において「棄民」を繰り返した責任もまた免責された。福島原発事故後における政府の対応も棄民政策そのものである。国体護持のためには人々の命を切りすてる歴史は繰り返されている。戦争の最高責任者であるヒロヒトが象徴天皇として生き延び、歴史は歪曲される。敗戦69年後の現在、アキヒト・ミチコ天皇制は極右安倍政権を批判する「リベラル」「左派」といわれる知識人たちにおいてさえ、「民主主義者」であると讃えられ、それらの言説は天皇制国家を問題としないばかりか、逆説的に天皇制を強化するものとなっている。私たちは、民主主義の原理に立ち返ることを何度も繰り返し、日本国憲法第1条天皇条項に象徴される、この国の戦後体制を問い続ける。同時に、戦争の放棄と非武装平和主義の原理、政教分離を明記した日本国憲法はけして否定しない。

7月1日、安倍政権は集団的自衛権の行使を、立憲主義の根幹を破壊する「解釈改憲」で閣議決定した。私たちは安倍政権の改憲を許すわけにはいかない。これまでに、秘密保護法、沖縄辺野古・高江への新基地建設、オスプレイの佐賀空港配備計画等といった、具体的な戦争準備がなされている。また「リムパック2014」に組み入れられた「離島奪還訓練」では米海兵隊と陸上自衛隊の日米合同訓練が行なわれ、先取りされた既成事実が積み上げられている。アメリカの大きな軍事体制に、この国も完全に組み込まれたということだ。8月8日に、米軍がイラク北部への空爆を開始した。また、イスラエル軍のガザ侵攻も続いている。5月13日にアキヒト・ミチコはイスラエルのネタニヤフ首相と会見している。安倍首相とネタニヤフ首相が国防とサイバーセキュリティの分野での協力推進で合意し、イスラエルの兵器開発に日本が加担していることも忘れてはならない。血まみれになって傷つき、殺された子ども、たくさんの人々。殺す殺されるという惨劇を私たちは絶対に繰り返してはならない。二度と戦争に加担してはならないのだ。

安倍首相は昨年12月26日に「靖国神社」を参拝した。「日本のために尊い命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表すために手を合わせた」と記者団に語っている。安倍政権の「積極的平和主義」と、「幾多の尊い犠牲の上に築きあげられた今日の平和」という戦後の言説はつながり、来るべき戦争において、死者が生み出されることは免れないであろう。国家が「戦没者」を追悼することの意味について、私たちは7月21日に、毎年8月15日に反戦や平和を訴える行動を続けている仲間たちと議論する集会を行った。死者に対する国家の「追悼」は、「聖戦」に動員された「英霊」を讃える「顕彰」のための施設である「靖国神社」の教義と等しい、ということを再度確認した。

第一次安倍政権は、教育基本法の改悪により「愛国心」を涵養し、日の丸・君が代を強制。「国のために進んで命をささげる若者を作る教育」を目指した。すでに学校現場では「国のために」という教育が始まっている。

命の大切さを教えることではなく、戦争に動員させる教育は、人権に対してもないがしろだ。安倍政権の福祉を捨てた自助政策は、人が人として生きていける最低限の保障もなく、多くの貧困者を生み出している。富裕層は肥え太り、貧困層は絶望の中にいる。貧困にあえぐ若者を戦争動員のためにつくりだしているとしかいえない政策を許してはならない。

「戦争ができる国」へと暴走を続ける国家による「追悼」を、私たちは絶対に許さない。歴史認識の歪曲・改竄を許さず、天皇制国家による侵略・植民地支配責任を追及する声を仲間とともにあげ続ける。

天皇出席による「全国戦没者追悼式」や「靖国神社」に対して、ここに集まった仲間、全国の思いを同じくする仲間とともに、真夏の太陽よりも熱く抵抗の声をあげ行動する!

2014年8月15日
安倍戦争国家の「追悼」を許さない! 8.15反「靖国」行動参加者一同

天皇沖縄訪問反対行動【連帯アピール】天皇来沖反対!アクションの集会に参加された皆さんへ

本日の天皇来沖反対!アクションの集会に参加された皆さん。
現地で天皇来沖を迎え撃つ闘いに取り組まれている沖縄のみなさんに向けて、「本土(ヤマト)」においても、天皇の沖縄訪問に反対する声をあげていこうとする私たちより、敬意と連帯の意を込めてアピールを送ります。

私たち、「安倍戦争国家の『追悼』を許さない! 反『靖国』行動」は、8月15日に天皇出席のもとで行われる「全国戦没者追悼式」、ならびに靖国を中心に演出される戦争と戦争の死者の「賛美」に対する、反対の行動を準備しています。

近代天皇制国家による「琉球処分」は、アイヌモシリ侵略=北海道併合と並び、その後につづく植民地支配の先駆けをなすものでした。日本によって行使された、沖縄への植民地主義支配は、「沖縄戦」の悲劇に帰結し、さらに戦後の沖縄「切り捨て」・米軍支配と日本への再統合という歴史をもたらしました。その過程で、前天皇・裕仁が果した重大な責任はすでに明らかになっていることです。

今回、6月26日より、明仁天皇の沖縄訪問が計画されています。「対馬丸事件」70年を期して、対馬丸記念館を視察するなどとしています。私たちは、今回の明仁天皇の沖縄訪問が、沖縄に対する天皇制国家の歴史的責任を忘却させるとともに、辺野古新基地建設など、現在強権的に進められようとしている米軍・自衛隊基地建設を加速させ、反基地闘争を孤立させ、そこに貫かれている反ヤマト(日本)意識を、解体させるものであると考えます。

6月26日当日、私たちは、石原昌家さんをお招きして、天皇の沖縄訪問を批判するための集会を持つことにしています。

2012年の沖縄での「海づくり大会」に対しても、私たちは東京・銀座でデモに取り組み、現地で反対集会をおこなっていた沖縄の皆さんとのアピール交換もさせていただきました。

ともにがんばりましょう。

2014年6月18日
安倍戦争国家の「追悼」を許さない! 反「靖国」行動

2014.4.27-29行動【声明】右翼暴力団による暴行や妨害を許すな!警備・公安警察による不適切な警備行動は速やかに糺されねばならない!

近年、右翼団体の排外主義的な政治活動が猖獗をきわめ、それとともに右翼暴力団の構成員らによって、集会やデモの参加者が直接的な暴力にさらされる事態も頻発している。

昨年の4月29日の行動において、私たち実行委は、参加者の安全を守りつつデモを実施するため、警備当局・担当者の意向を最大限に斟酌し、デモの進路を大幅に変更した。しかし、警備担当者に示唆されて変更したルートのうち新宿駅周辺においては、ほぼ全面にわたり、あらかじめ右翼暴力団らの大型街宣車が配置されており、デモ行動は強く規制され、アピールの声はかき消され、行動の目的の達成は大きく損なわれた。新宿周辺は、警備当局の意向により、むしろ右翼暴力団の大騒音の街宣の場と変えられたのであった。

このような事実に基づき、今回の行動においては、右翼暴力団の街宣車が私たち実行委の行動を妨害することのないように、事前に強く要請した。しかし、今回の行動においては、右翼暴力団の街宣車こそデモの進路から遠ざけられたものの、右翼団体の構成員らは拡声器等を手にしつつ、デモの最初から解散地に至るまで追尾し、妨害を重ねた。

右翼のあるものは、デモのルートに木刀らしき棒を隠しておき、デモ隊列が通りかかるや、それを手にして襲撃まで企てた。今回は警備の警察官により寸前で抑止されたが、これまでにも、例えば11年8月の行動においては、右翼がナイフを持って襲撃を企てたという前例があり、右翼によるデモ行動への参加者に対する暴力が、どのような形で行使されるかは予断を許さない事態にある。

このような現実に際して、警察により実施されている警備は、集会やデモを憲法の理念に基づいて保障するものではない。都公安条例に関する最高裁判決は、現在に至るまで続く、警備当局者による恣意的な集団行動の規制を容認した点で、民主主義を実質的に大きく損なっていると考えるが、その判決においても、「公共の安寧の保持を口実にして平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべき」としている。それにもかかわらず警備当局者は、「右翼にも表現の自由がある」とうそぶき、右翼団体構成員が「殺すぞ」などの脅迫と暴力を伴いつつ、歩道や車道上でほしいままに実質的な示威行進と妨害行動をすることを平然と許しながら、私たち実行委による正当なデモ行動を強く抑制し続けている。

表現の自由などの人権は、憲法をはじめとする制度的保障はもちろんだが、その実質的な保障を前提としつつ、社会において具体的に人権を実現していく営為が求められる。私たち実行委による主張と行動は、まさにこれを正しく実現することを求めるものであり、右翼暴力団による暴行を拱手傍観しつつ、それを口実として私たちの表現と行動を圧殺しようとする警備は、不法に人権を蹂躙するものに他ならない。公安警察官らによるビデオ撮影も、そのほとんどは右翼による妨害行動を撮影するのではなく、デモ行動の参加者の監視のためにのみ用いられている。これもまた、行動参加者に対する脅迫や萎縮効果をこそ意図したものであり、肖像権を侵害し表現の自由を侵すものである。

警視庁警備部、公安部、そして所轄の警察署による、このような誤った権力行使は、決して繰り返されてはならない。私たち実行委員会は、思想・信条の自由、表現の自由という権利を実現し、街頭で安全に行使していくために、またそのことを前提に集まってくる参加者の安全を守るために、東京都公安委員会に対し、再び強く要請する。

2014年6月5日

2014.4.27-29【宣言】「沖縄・安保・天皇制を問う」4・27/29行動集会宣言

四月二九日、昭和天皇の誕生日が「昭和の日」となって八年が過ぎた。「昭和の日」は、二〇〇五年、多くの反対の声を無視して「国民の祝日に関する法律」(「祝日法」)の一部変更で成立、二〇〇七年から施行された。この日は、「祝日法」が改正される以前も、昭和天皇在位中は「天皇誕生日」、その死後は「みどりの日」と、一貫して「国民の祝日」でありつづけた。

「国民の祝日」を定める「祝日法」第一条は、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを『国民の祝日』と名づける」としている。この一字一句に、過去の侵略戦争を反省するどころか、戦争のための法律づくりに躍起となり、人権も生存権も完全無視の天皇制国家がはなつ最大級の欺瞞がこもっている。

昭和天皇裕仁は、植民地主義、侵略戦争の最高責任者であったにもかかわらず、何一つその責任をとることなく、戦後も天皇としてあり続けた。また、自らの命と天皇制を守るために、「米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む」というメッセージを、一九四七年、当時の連合国最高司令官政治顧問に送り、それは連合国軍最高司令官マッカーサー及び米国務長官に渡った。このいわゆる「天皇メッセージ」は、一九五二年四月二八日に調印されたサンフランシスコ講和条約・日米安保条約で、正式に引き続き沖縄を米軍の支配下に置くことに繋がった。それ以来、日本社会は今日に至るまで、日米政府による沖縄への膨大な基地の押しつけと沖縄の人々への人権侵害を許し続けてきた。それは、辺野古基地建設やオスプレイ配備の強行など、まさに現在の日本社会の問題としてあり続けている。

一方で、首相の靖国参拝、「従軍慰安婦はなかった」とする発言など、国家ぐるみの歴史の改ざんと侵略戦争を肯定する傾向は常態化している。そして、集団的自衛権容認や核と武器の生産・輸出など、平和憲法の破壊は現実に着実に進んでいる。それが、現在の象徴天皇制国家の方針であり、日本社会の選択でもある。昭和天皇に感謝し、その誕生日を祝う「昭和の日」とは、このような日本社会の象徴的なものとしてある。そのような記念日を祝うわけにはいかないのだ。

また、政府は四月二八日を「主権回復の日」とし、昨年は天皇・皇后出席のもとで記念式典を行った。今年は式典の開催はないものの、政府のスタンスに変わりはない。私たちは、その四月二八日を沖縄デーとして取り組むべく、その前日の二七日、集会を開催した。四月二九日は昭和天皇の植民地主義と戦争・戦後責任を問い、現在なお続く天皇制に抗議の声をあげる。

今日ここに集まった私たちは、4・28に始まり、4・29に象徴される、解決されるべき歴史的かつ今日的な課題、すなわち反戦・反天皇制・反差別を訴え、基本的人権と民主主義の確立をめざし、新宿街頭で声をあげるべくデモに出発する。全国の思いを同じくする多くの友人たちと、今後も諦めることなく声をあげ、行動したい。ともに!

二〇一四年四月二九日
「沖縄・安保・天皇制を問う」4・27/29行動参加者一同

 

2014.2.11行動【集会基調】いま問う「靖国問題」2・11反「紀元節」行動集会基調

 はじめに

昨年一二月二六日、安倍首相は国内外の批判を無視し、靖国神社を参拝した。

靖国神社は、天皇のための死者、侵略戦争の戦死者を「英霊」として祀る神社であり、その歴史観は一連の日本の侵略戦争を「アジア解放戦争」「聖戦」として賛美するものだ。

一方で、安倍政権は「積極的平和主義」を唱えながら、米国とともに「戦争ができる国」づくりを猛スピードで進めている。戦争の歴史は「世界平和」を口実に繰り返されてきたのだ。また、「戦争をする国家」はその戦争による死者を意味づけし賛美していく。日本におけるその舞台は靖国神社である。

天皇神話に基づく「建国」を祝わせ、天皇のための戦死者を顕彰する靖国神社を戴く、戦後も断ち切られていない政治に「NO!」の声を突きつけることが、いまこそ切実に求められている。

天皇主義と国家主義を露骨に推進し、私たちの自由や生存権を踏みにじり、東アジアに緊張を創り出し、沖縄を新たな戦争の前線としてあらためて位置づけなおす安倍政権に、大きな抵抗の声をあげていくために、私たちは本日、〈いま問う「靖国問題」 2・11反「紀元節」行動〉を開催する。

1 「紀元節」と右派の動向

本日二月一一日が「建国記念の日」とされたのは、一九六六年からである(適用は六七年から)。紀元前六六〇年のこの日に、神武天皇が橿原宮で即位したという「建国神話」にもとづく、戦前・戦中の「紀元節」の復活にほかならなかった。それゆえにこの日は、天皇主義右派勢力にとって、最大の祝日であり続けている。

例年この日には、神社本庁や日本会議、神道政治連盟などが「賛助団体」として名を連ねる「日本の建国を祝う会」主催の「建国記念の日奉祝中央式典」が明治神宮会館で開かれ、青山通りから明治神宮にかけて、主催者発表で五〇〇〇名規模の奉祝パレードも行っている。また、別の右派グループである「紀元節奉祝式典実行委員会」も、星稜会館で「紀元節奉祝式典」を開催している。

一方、政府後援の式典やイベントは、自民党政権時代の二〇〇六年以降、中断されたままだ。

一九八五年、中曽根政権のもとで結成された「建国記念の日を祝う会」によって、政府が後援し首相参列のもとで記念式典が開催された。この「祝う会」は八六年に財団化して「国民の祝日を祝う会」に改組されたが、やがて、政府後援の式典からは首相の参列がなくなり、規模も縮小され、やがて会自体が解散するに至った。

八六年の改組にあたっては、「神武天皇建国の意義」を除くなどの方向性が打ち出されたことに不満を抱いたグループが脱退し、独自の式典を開催するようになった。それが今年も記念式典をおこなう「日本の建国を祝う会」である。これら一連の経緯の背景には、中曽根政権の国家主義・復古主義に対する内外からの批判の高まり、八〇年代以降のグローバル化など、大きく変貌する情勢に対して、権力側にとって、「建国記念の日」をたんなる復古主義で位置づけて祝うことが、必ずしも積極的な意味合いを持たなくなっていたということがあるだろう。しかし、安倍政権の再登場は、この「建国記念の日」についても、新たな意味付けが付与される可能性を高いものとしている。二〇一二年の自民党の選挙公約において、「竹島の日」(二月二二日)、「主権回復の日」(四月二八日)と並んで、「建国記念の日」に政府主催の式典を開催すると明記されていたことを忘れてはならない。

昨年の「日本の建国を祝う会」による2・11の式典には、下村博文文科相、高市早苗自民党政調会長なども出席し、安倍自民党総裁の祝辞が代読されている。そこでは「政府主催の奉祝式典を実施する、その環境づくりを進めていく」などの発言が相次いでいる。今年の2・11には政府主催の式典は実現しなかったが、「建国記念の日」をめぐっても、安倍政権による攻撃は強まっていくだろうことは間違いない。

こうした、政府与党のトップが右派勢力によって占められているという状況が、民間右翼に力を与え、またネット言論も含めた右翼勢力の動きが、安倍政権の政治的資源となっているという状況がある。とりわけ、在特会をはじめとする「行動する保守」勢力は、昨年、新大久保や鶴橋をはじめとして、各地で醜悪なヘイトクライムをまきおこした。デモや宣伝などで彼らが垂れ流す差別煽動それ自体が犯罪である。しかし、それらの言説を批判するポーズをとってみせる右翼政治家たちの主張が、本質において在特会などと大きく異なるものではないのだ。それはこの社会を広く蔽っている。

しかし、在特会を始めとするレイシストの行動に対しては、彼らを社会的に包囲していく動きがこの間大きく作り出されつつある。朝鮮学校へのヘイトスピーチ街宣にたいしても京都地裁が人種差別撤廃条約に言及した判決を出した。

こうしたさまざまな声に連なりつつ、われわれも社会的に構造化されてしまった差別・排外主義に抗する質を持った、反天皇制運動の大衆化をめざしていこう。

2 「なぜ靖国問題?」の解決を

靖国神社は、一九四五年八月一五日の敗戦以降、その存在のあり方も含め、国内外で問題とされ続けてきた。その一方で、天皇を含め、国会議員、閣僚、首相らは、敗戦直後から断続あるいは集中的に参拝を続けてきた。軍国主義のイデオロギー装置として連合国側から危険視され、その解体さえありえた占領期を一民間宗教法人とすることで生き延び、その裏では国家が関与した明確な政教分離違反の「合祀」を継続し、植民地主義・軍国主義的なイデオロギーも保持したまま、靖国神社は現在にいたっている。国外からの抗議や国内における訴訟など、具体的な問題が出ても、「靖国」は「靖国」のまま残り続けているのだ。この「靖国」の戦後史は厳しく問い直されなければならない。このような戦後史を許し続けてきた日本社会の問題として、それはいま切実なものとしてある。

A級戦犯合祀などが主な理由で大きな外交問題となった一九八五年の中曽根康弘元首相の参拝以来、首相の公式参拝は一旦途絶え、二〇〇一年、小泉政権で復活した。同時にそれは、外交問題、あるいは外交問題に起因する政治問題として、頻繁にメディアの俎上にあがることとなった。六年続いた小泉参拝もやはり外交問題が大きな理由で小泉政権とともに終止符が打たれ、首相参拝は再度六年間の空白を要した。しかし、その間も閣僚や国会議員参拝は途切れることなく続いている。昨年も、「春季・秋季例大祭」(四月・一〇月)、「終戦記念日」(八月)における国会議員・閣僚の大量参拝、首相安倍の「真榊」「玉ぐし料」奉納など、安倍政権は国内外に緊張の波をたて続けてきた。そして、一二月、安倍は靖国を参拝した。メディアは「日韓関係はもちろん、対米関係の冷却化を招いた」と断定・批判した。

安倍の靖国参拝に対し、国外からはもちろん、国内でも大きな批判の声があがった。韓国・中国との首脳会談の準備に奔走してきた外務省をはじめ、自民党内部にさえ批判は渦巻いたという。また、昨年一〇月初めに2+2で来日したジョン・ケリー米国務長官とチャック・ヘーゲル米国防長官は「靖国」ではなく千鳥ヶ淵戦没者墓苑で献花し、靖国否定を態度で示した。参拝直前まで米国や自民党内部からは「やめろ」のサインが出し続けられていたのだ。それを振り切った参拝は、安倍のこれまでの傲慢で挑発的な外交のひとつの典型であり、それは、安倍政権が推し進める戦争国家と対応し、そのことで想定される死者の顕彰・追悼は、ほかのどこでもなく「靖国」でやる、という意思の表明でもある。

「靖国」参拝で外交問題が生じるのはあたりまえであるが、外交問題が生じるから問題なのではない。政教分離規定では完全に違憲であり、それ以前に、かつての植民地主義・軍国主義への無反省が靖国神社を今なお存続させているのであり、存在そのものが問題であるのだ。また、そのような神社への首相や閣僚・国会議員らの参拝は、この国が靖国思想を肯定し、国家のための死者に感謝し、その死を顕彰し、かつ新たな死の想定を暗黙に了承させる行為としてある。それは戦争をする国家のやることだ。中曽根は「国のために命を捧げた人に国が感謝と哀悼の意を捧げないようでは、これから先、誰が国のために命を捧げるというのか」と語ったではないか。

しかし、この「靖国」問題はいま、外交問題、あるいはそれを起因とする政財界の不利益に繋がる結果の政治問題としてのみ、新聞・TV等のマスメディアによって語られる。そしてそれがそのまま世論につながるという事態が延々と続いているのだ。「靖国」問題とは歴史認識の問題であり、戦争と平和、民主主義に関わる問題である。その解決は、「靖国」と靖国的なものを残し続けてきた日本社会の課題である。私たちは諦めることなく訴えていきたい。

3 日米安保の強化・沖縄の前線基地化 辺野古新基地建設をとめよう

安倍政権は、中国や朝鮮の軍事的脅威やアルジェリア人質事件のような「国際テロ」から国家と企業を守るとして一挙に改憲の先取り=「戦争できる国」へと国家体制の大転換をすすめている。昨年末、「国家安全保障会議(日本版NSC)設置法」と「特定秘密保護法」を強行採決し、年末には対中国戦争を想定した、国家安全保障戦略、新防衛大綱、中期防衛力整備計画を閣議決定した。島しょ「防衛」を名目に「防衛」の重心を北方から南西諸島に移し、「沖縄の基地負担軽減」と言いながら、沖縄・琉球諸島全域を軍事基地としようとしている。与那国島に自衛隊の沿岸監視部隊を配備し、移動式警戒管制レーダーを南西諸島の島しょ部に配備、那覇基地に早期警戒機の飛行隊新設配備と戦闘機部隊を一個飛行隊から二個飛行隊に増勢する。「平成二六年度」防衛予算も二年連続増加であり、陸上自衛隊員の定数をはじめてふやした。

安倍政権の領土ナショナリズムを煽る好戦的施策は、中国や韓国、朝鮮から避難を浴び、軍事的、政治的緊張を激化させている。同盟国米国からも安倍首相の靖国参拝や「従軍慰安婦問題」では非難されている。米政府は中国の防空識別圏への対応でも民間航空会社が中国政府へ飛行計画提出を容認するなど安倍政権と一線を画しており、歴史認識などでは安倍政権の国際的な孤立も深まっている。

安倍政権がすすめる戦争国家化は、日米安保体制のさらなる強化をもたらす。それは沖縄を一層、日米の軍事基地・出撃基地とすることであり、沖縄に再度の「犠牲」を強いることである。安倍政権は、そのためにあらゆる手段を使って沖縄民衆の反戦反基地の闘いを叩き潰し、辺野古新基地建設を強行しようとしている。

安倍政権は、昨年末から仲井真沖縄県知事の公有水面埋め立て承認、そして一月一九日の名護市長選で辺野古新基地建設推進派の末松候補を当選させるために権力や金などあらゆるものを総動員して沖縄に襲いかかった。まず沖縄選出の自民党国会議員団を「離党勧告や除名処分」の恫喝をもって普天間基地の「県外移設」から「辺野古容認」へ転向させた。石破自民党幹事長がその国会議員五人を従えての「記者会見の光景は、歴史の歯車が1879(明治12)年の琉球処分まで後戻りしたような印象を抱かせた」(沖縄タイムス)と沖縄メディアをして言わしめた。その後自民党沖縄県連を屈服させ、一二月二七日の仲井真県知事の公有水面埋め立て承認を引き出した。続く名護市長選では、石破自民党幹事長は末松候補への選挙応援で「五〇〇億円の名護振興基金」を打ち上げ、沖縄は「金さえ出せば基地を容認する」という態度を露骨にしめした。この沖縄差別に貫かれた安倍政権・石破幹事長の行動は、二〇一一年、当時の米国務省日本部長ケビン・メアによる「沖縄は日本政府にたいするごまかしとゆすりの名人」という発言と同一の、沖縄民衆に対する侮辱以外の何ものでもない。この間の安倍政権の沖縄に屈服を強いる態度は植民地宗主国としてのふるまい以外の何ものでもない。

沖縄の民衆は、仲井真県知事の埋め立て承認に対して県庁包囲・県庁ロビー座り込みなどで抗議し、仲井真県知事の辞任・「承認取り消し」を要求して闘いを開始している。政府の総力がかかる名護市長選挙で辺野古新基地建設反対の現職稲嶺進さんを当選させた。名護市議会を含め県内一〇の議会が安倍政権や仲井真県知事への抗議や埋め立て承認撤回を要求する決議を可決しており、今年一月に辺野古埋立承認取消訴訟を那覇地方裁判所に提訴し、全面的な対決に入った。

安倍政権・沖縄防衛局は、市長選の二日後には辺野古基地建設に向けた施設設計・調査などの入札公告を行い、「市長権限を制限するため是正措置や行政代執行などを検討」など強権で基地建設をすすめる姿勢を明らかにしている。

そうした中で問われているのは私たちヤマトの民衆の運動である。日米による沖縄軍事基地化の元凶は天皇ヒロヒトが自らと天皇制の延命のために沖縄を米軍に提供した「天皇メッセージ」と日米安保締結にある。近代天皇制国家成立以降一貫して日本人民が克服できずにきた沖縄、アイヌ民族、中国、朝鮮への差別・排外主義と、天皇制との闘い抜きに安倍政権の戦争国家化、沖縄の軍事基地化を止めることはできない。今春以降具体的になる辺野古新基地建設を阻止し、戦争国家の完成とも言える国家安全保障基本法阻止の闘いをつくりだそう。

4 安倍自民党政権に対決する幅広い取り組みを作り出そう

第一次安倍政権において成立させられた現行教育基本法は、「伝統と文化を尊重し」「我が国と郷土を愛する」ことを「教育の目標」の一つにすえた。教育においてもっとも重要であるべき個人の尊厳は、「公共の精神」に制約されるものとされた。

この現行の教育基本法の制定時には、安倍らの愚劣な国家主義や精神主義に基づいた「教育」のために学校や職員を変えようとしていることに対して、多くの批判がなされた。しかし、教育基本法改定から六年を経て、日の丸・君が代の強制や、教員の「再教育」などをはじめ、すでにかなりの変化が教育現場にもたらされている。そして、これらに加え、第一次政権下で安倍の首相の座とともに頓挫した「教育再生会議」が、第二次政権においては「教育再生実行会議」として開始されている。

この「教育再生実行会議」は、「愛国心教育」や「徳育」を加えた国家主義的教育や、「道徳」の教科化などをもくろんでおり、「教育再生推進法案」なるものを制定しようとしている。この法案は、学習指導要領に基づく指導や教材使用の強制、教職員に対する人事管理、学校の統廃合などをはじめとして、国家による教育の全面的な支配を確立しようとするものだ。

教科書採択では、沖縄・八重山地区における教科書採択に見られるような、いわゆる「つくる会教科書」の強要や、「国旗・国歌の強制」に触れた教科書を排除しようとする教育委員会や右派議員の動きも、神奈川や大阪などをはじめとして活発になっている。また、君が代に不起立の教員に対し最高裁で減給処分が取り消されたにもかかわらず、都教委が同一の案件で戒告処分を出すなど、権力を濫用する悪質さもエスカレートしている。

安倍政権は昨年一二月に、国家の情報を隠蔽し報道や調査を罰する「特定秘密保護法」の制定を強行したが、治安法などの改悪の動向もこれにとどまるものではない。すでにネットワークを大幅に規制する盗聴法の拡大や、共謀罪の新設も予定されている。安倍版NSCの国家安全保障会議の創設に伴い、社会のあらゆる面で監視体制と情報統制の強化がもくろまれている。特定秘密保護法の廃止運動などをはじめ、持続的な闘いがより重要な課題となっている。

「二〇二〇年東京オリンピック」が決定されたことで、今後の社会・経済体制も、これに向けて短期間に激変させられるだろう。生活保護などの福祉行政が改悪され、「野宿者」排除など行政の警察化も強化されている。特定企業の思うままに労働者を使い捨てる「特区」の制定ももくろまれており、消費税の上昇を財源に、国家による生活環境の破壊と、権力にたかる少数の連中による「開発」「投資」の利権あさりが臆面なく広がりつつあるのだ。

三月一一日には、昨年に引き続き、天皇・皇后の出席で東日本大震災三周年の「追悼式典」も予定されている。核エネルギー開発を進めた国家や企業への批判は「追悼」儀式により蔽われ、原発の再稼働と「棄民政策」がますます強引に進められようとしている。

今年は、一〇月に長崎において国民体育大会が予定されており、全国豊かな海づくり大会は、今年は奈良県吉野郡において開催が予定される。全国植樹祭も六月に新潟で予定されている。天皇や皇后は老齢化し病気がちとなって、その「公務」の範囲を縮小しようとしているが、これらについては今後もなお出席を続けるという意向が示されている。私たちは各地の運動との結びつきを広げ、「天皇行事」への反対運動を模索していかなければならない。

今年もまた、本日の反「紀元節」の闘いに始まり、サンフランシスコ条約と日米安保が発効した四月二八日と「昭和の日」の四月二九日を貫く闘いへと向かう。幅広い人々の取組みとつながりながら、運動を広げてゆこう。